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「世界のバランス」


 大阪から東京に仕事で来た後輩と久しぶりに会う約束をした。
 あまり東京に来たことがない後輩を案内して回り、お昼には僕がオススメのラーメン屋へ連れて行った。その店はラーメンも勿論美味しいのだが、なによりも炒飯が絶品で後輩にも絶対食べて欲しいと思い、ラーメンの大盛りを頼もうとしていた後輩を説得してラーメンセットの食券を二枚と、ラーメン大盛りの食券を購入した。

「僕そんな、どっちも食べれますかねぇ」と心配する後輩に、「セットのは半炒飯やから大丈夫や、無理なら俺が食べたるから!」と声をかけ安心させた。
 しばらくしてラーメンセットが運ばれてくると、いつも通りの美味しそうなフォルムなのだが少しだけ違和感があった。後輩のセットも運ばれ確認するとやはり同じであり、店側のミスなどではないようだった。

 ラーメンセットの炒飯の量が、他の店で提供される大盛りぐらいあったのだ。

 後輩は驚いた顔で僕を見つめ、僕は少しでも状況を把握しようと店内を見渡した。すると、「ラーメンセットは半ラーメンと炒飯になります」という注意書きが壁に貼られていた。
 ラーメンを見てみると、確かに僕の方は麺の量がいつもよりちょっと少なそうではあるが、後輩は大盛りを頼んでいたので、ちゃんと通常のラーメンの大盛りと炒飯のセットになっていた。

 ここからは僕の憶測となるのだが、この店には炒飯単品というメニューがない。つまり炒飯を食べるには必ずラーメンセットを注文しなければならない。セットで付いてくる半炒飯のあまりの美味しさが評判になり、もっと炒飯を腹一杯食べたいという客の要望に応える形で、半炒飯ではなく、半ラーメンと炒飯というスタイルにいつからか変更したのではないだろうか。そこまで皆が炒飯を誉めてくれたら、そりゃ店主だって調子に乗って炒飯の盛りをよくしてしまうだろう。
 そんな変更を知らずに、僕がのこのこ後輩を連れて来てしまったのだ。

 大盛りのラーメンを食べた後輩は炒飯をほとんど食べることができず、僕が責任を持って半ラーメンと炒飯大盛り二人前を食べ切った。
 四十代のおじさんが高校ラグビー部の食後ぐらい腹をパンパンにさせ、もう今日は動く気がしないから家に帰らせてくれと、午後の東京案内をキャンセルして解散する羽目になった。

 虚な目でベッドに横たわり、今日の出来事は失敗だったのかと苦しい腹を摩りながら考えていたら、ふと昔同じように友人とラーメンを食べに行った時のことを思い出した。

 その日は二人でライブを観た後にラーメンでも食べて帰ろうとなったのだが、昼時ですでに店の前には十組ほどの行列が出来ていた。
 仕方なく友人と列の最後尾に並んで世間話をしていると「良かったらこちらをどうぞ!」と店員さんが笑顔でメニューを持ってきてくれた。僕が暇つぶしの軽い気持ちでメニューをパラパラめくっていると「ご注文はお決まりですか?」と、さっきよりも飛びきりの笑顔で再び店員に尋ねられた。

 ここで注文するつもりでメニューを見ていなかった僕は一瞬うろたえたが、隣にいた友人はその隙に自分のラーメンを注文して、麺の硬さまでさらっと答えてしまった。そうなるともう僕が注文しない訳にはいかなくる。とりあえずメニューの中で美味しそうだと思っていた担々麺を注文し、麺の固さを選択したのだが、今度は「辛さはどういたしますか?」と想定外の質問を浴びせられた。

「えっ?そんなんさっきは聞いてなかったやん」と焦りメニューをもう一度見ると、確かに担々麺の横にだけ「辛さ選べます」と表記してある。しかもその辛さは、普通・三辛・八辛・・・と続いており、「三辛のつぎが八辛て急に飛ぶなぁ、五〜六辛ぐらいがあれば丁度頼みやすい辛さやったのに」と焦って、さらに挙動不審になってしまった。友人はそんな僕を横目に「これって普通でも結構辛いんですか?」と他人のラーメンに対してまで呑気な質問をぶつけていた。

「三辛でお願いします!」気付けば僕はそう店員に答えていて、笑顔で返事をする店員の様子に胸を撫で下ろした。

「ほんまに三辛でいいんか?」

 友人が僕の目を真っ直ぐに見て聞いてきた。しばらく友人と見つめ合った後、僕は店内に戻ろうとする店員を思い切って呼び止め、八辛に変更をお願いした。

「お前はああいう状況になった時、なんでいつも本心を隠すねん。色んなもんに気使い過ぎや、てか誰に気を使ってんねん」

 確かにいつもそうだった。自分の欲求や願望ではなく、何故かバランスを取ろうとしてしまう。これは子供の頃から刷り込まれた癖のようなもので、父親とデパートに行って突然おもちゃを買ってやると言われても、自分の一番欲しいおもちゃではなく、帰ってから父が母に怒られない金額のおもちゃを選んでしまっていた。あの時だって三辛では物足りない感じていたが、八辛にして辛すぎた時に、店員や友人にどう思われるだろうかと考えてしまう。

 辛すぎて食べれなかった場合、注文を取った店員が厨房の人にちゃんと辛さの説明しろと怒られるかもしれない。「いや私はちゃんとしたけどあいつが図に乗って八辛頼んだんだよ!」とムカつかれるかもしれない。
 辛すぎて大量の汗をかく僕を見て、「何してんねんコイツ、全く八辛のイメージ出来てないやん」と友人にセンスを疑われるかもしれない。

 僕の世界にそんな歪みが生じぬように、傷ついてしまわぬように、咄嗟にバランスを取ろうと動いてしまう。バランスを取ろうと動いて勝手にバランスを崩している。あの場面で三辛を選んでしまう者と、八辛を選べる者との間にはきっと五段階以上の、途方もなく大きな差が生まれてしまっているのだ。
 現にあの状況で友人は餃子までも注文し、「ハーフサイズの五個もありますが?」と聞かれても迷わず10個を選んでいた。

 ラーメンが運ばれてきて、レンゲで一口啜ってみた。
 丁度いい辛さで三辛にしなくて良かったと心から思った。というかもし辛かった所でそれが何だというのだろうか?そんな事はよくある話ではないか。友人がスープを一口飲ませてくれと言った。飲んだ瞬間に「辛っ!」と声を上げ慌てて水を飲んだが、辛さに咳込み、飲んだ水を勢いよくテーブルに吐き出した。最後にはもう腹が一杯だと言いだして、10個の餃子の半分は僕が食べさせられた。友人の行動を見ていると、なんだか全て間違ってるようで、きっとこれが正解なのだろうと思った。

 目覚めると、もう窓の外は茜色に染まり始めていた。腹の一杯になった僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
 寝起きの頭で、数時間前の二人前大盛り炒飯を思い出すと笑いが込み上げてきた。
 そのせいで予定は少し変わってしまったが、また後輩が東京に遊びに来た時に、文句を言い合いながら大笑い出来るエピソードが一つ増えたと思うと、失敗かどうかはどうでもいいように思えた。
 相変わらず腹はパンパンで苦しかったが、なんだかそれも今は勲章のようで誇らしかった。
 

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