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サマスペ!2 『アッコの夏』(27)<連載小説>

☆下剋上選挙の行方☆

一分で読めるここまでのあらすじ

大学一年生のアッコは高校時代の友人の由里に誘われて、ウォーキング同好会の名物イベント「サマスペ!」に参加します。由里は高校陸上部のエースでした。応援団の一員として由里を応援していたアッコは、なぜか退部して心を閉ざした由里を、このイベントで立ち直らせようとします。

しかしサマスペは、夏の炎天下に新潟から輪島まで350キロを歩き通すという過酷な合宿でした。一日の食費は300円。財布、ケータイは取り上げられて、その日の宿も決まっていない。しかも女子の参加は初めてです。

女子の参加を快く思わない二年生の大梅田は、二人を辞めさせようと、ことあるごとにアッコと由里に厳しくします。アッコは由里との距離を縮められず、ストレスばかりが溜まります。

食事当番になったアッコは、宿を借りる交渉に捨て身で成功。さらに夕食は得意のラタトゥイユを披露してメンバーに喜ばれます。
ところが同期の電車不正乗車をかばったために、アッコが電車に乗ったと疑われてしまいます。

 祭りの演芸大会に飛び入りすることになった由里を助け、観衆の前で大喝采を浴びたアッコは、初めて同期の繋がりを感じました。

 ゲリラ豪雨から避難した由里は自分が元気を失った理由を話し、アッコは自分のアイデンティティである応援に自信を失ないます。
 市役所のバスで救助された一行。幹事長の場当たり的な行動に二年生が反発して臨時の幹事長選挙を行うことに……

<ここから本編です>

「大梅田」
 水戸が「よし」と右手で拳をつくった。
「やったな、梅」
 鳥山が大梅田の背中をたたく。大梅田は唇を引き結んだままだ。アッコは幹事長の顔を見ることができなかった。
「過半数の票を得た大梅田が、たった今から幹事長だ」
 早川は同期の幹事長が敗れたというのに淡々としている。

「勝手にしろ」
 幹事長がかん高い声で言って立ち上がった。
 いやもう幹事長じゃないんだ。
「俺はもうやめた」
「俺もだ。二年が幹事長だなんて、馬鹿馬鹿しくてやってられねえよ」
 石田がリュックを担いだ。
「幹事長、石田さん、待ってください」
 大梅田が声を掛けるが、園部は目もくれない。早川が歩み寄った。
「園部、どうするつもりだ」
「近くの駅から帰るさ」

 由里が口を開きかけて、また閉じた。何を言いたいのかわかる気がする。
 幹事長がいなくなってサマスペができるのかってことだ。
「早川、お前は残るのか」
 早川は眉を寄せた。
「俺まで抜けたらまずいだろ」
「……そうだな。ケータイと金を持っている早川がいなくなったら、サマスペは続けられないからな」
「園部、悪いが俺も梅に票を入れさせてもらった」
 ドアに向かいかけた園部が振り返った。眠った猫のような目が一瞬吊り上がったように見えた。
「俺も園部のやり方には賛成できない」
 園部は視線をさまよわせて、何も言わずに背中を向けた。石田はシューズを履いて早川をにらむ。
「ふん、裏切りやがって」
 早川は何も言わない。その横顔が年を取ったように見えた。園部が玄関のドアを開けると、雨音が弱くなっていた。
「おい、まだ雨が降ってるぞ。気をつけろよ」
 早川に答えずに二人が出て行く。ドアが大きな音をたてて閉まった。

「あーあ、行っちまったな。梅、どうするよ」
 水戸が冗談っぽく言う。
「どうするって、お前な」
 隣の部屋から庄司が出てきた。
「あの二人、車で送っていくよ」
 キーを見せて追いかけていく。隣にいたといっても、ふすま一枚だ。こちらの部屋で起きたことは筒抜けだったろう。
「親切なおじさんだなあ」
 水戸が顎に手をやって無精ひげをつまんだ。鳥山がその肩にグーパンチを見舞う。
「水戸、思ったより接戦だったじゃないか。俺、冷や冷やしたよ」
「俺もだよ。いやあ、早川さんが味方になってくれて助かりました」
 水戸が軽く頭を下げた。
「ちょっと後味が悪いけどな。仕方がない」
 早川の表情が少し緩んだ。水戸の言葉は同期と訣別した早川をフォローするものだとアッコは思う。

「梅、幹事長は大変だぞ」
 大梅田が驚いたような顔をする。
「あ、いや、早川さん。おかしな成り行きになったけど、俺に幹事長の仕事なんて、できるわけありませんよ」
 髭面の水戸が、ガハハと笑う。
「びびるなよ。きっちりサポートするからさ。早川さん、さっそくこの後の相談をさせてください」
「ああ。コースのこととか、引き継がないとな」
 早川が床に地図を拡げた。
「ほら、梅、座れよ」
 大梅田は、まだ硬い顔で「はあ」と腰を下ろす。水戸がアッコたちを見て手を上げた。
「一年は自由時間だ。ゆっくりしてくれ。昼飯が済んでないやつもいるだろ」

「わかりました」
 斉藤が答えてから「みんな」と声を掛ける。
「取りあえず、あっち行こうや」
「うん」
 アッコたちは、なんとなく隅っこに座った。
「なんかすげえことになったな」
 斉藤が小声で言う。
「想像だにできない展開デス」
 アッコは半分残っていたおにぎりのラップを剥がした。

「なんだって、お前、自分に入れなかったのか」
 水戸の大声に、びくっとした。大梅田が大きな身体を縮めている。
「俺は園部さんが幹事長のままでよかったんだ。話せばわかると思ってた」
「甘いなあ、梅は」と水戸。
「お人好しだからね、梅は」と鳥山。
 それからまた先輩たちは地図を眺めて相談を続けた。一年は黙って顔を見合わせた。斉藤が「と言うことはさ」とさらに小声になる。
「やっぱり二、三年の分の票は三対三だったんだな」
「あたしたちが三対二だったってことだよ」
 一年で園部に入れたのは二人。一人はわかってる。あとは誰だろう。聞くのはなんだかためらってしまう。
「そんなことよりさ」
 高見沢が真面目な顔になった。
「みんな、続けるよな」
 アッコは「えっ」と間の抜けた返事をする。
「サマスペだよ。こんなことになったけど、最後まで歩くだろ」
「もちろん私は歩く」
「無論デス」
「わかりきったこと聞くなよ」
「あたしも」
 高見沢は「だよな」とにっこり笑う。空気が緩んだ。
「食べよ」
 アッコはおにぎりをかじった。斉藤がうらやましそうに見る。
「なんだ、先に食べ終えてたんだ。残念でした、あげないから」

 車の音がして公民館の前で停まった。庄司が入ってくる。
「お二人さんを市振駅まで送ってきたよ」
 大梅田と水戸が玄関に歩いて頭を下げる。
「何から何まですいません」と水戸。
「なんの。それと雨は上がったから」
「えっ、本当ですか。通り雨だったのか」
「そんなに生やさしくはないぞ。短時間強雨ってやつだな。でもよかったよ。集中豪雨になってたら、君ら、何日かここに足止めだった」
「運がよかったです。それとあの、お恥ずかしいところをお見せしました」
 大梅田が頭をかいた。庄司は首筋をぴたぴたとたたく。
「選挙のことだろう。いやあ、学生さんも大変だねえ」
「ねえ、庄司さん。ちょっと地図を見てくんない? 教えてほしいんだけど」
 鳥山が座ったまま手を上げる。馴れ馴れしい。
「いいとも」

<続く>

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