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サマスペ!2 『アッコの夏』(28)<連載小説>

☆梅さんが幹事長?☆

一分で読めるここまでのあらすじ

大学一年生のアッコは高校時代の友人の由里に誘われて、ウォーキング同好会の名物イベント「サマスペ!」に参加します。由里は高校陸上部のエースでした。応援団の一員として由里を応援していたアッコは、なぜか退部して心を閉ざした由里を、このイベントで立ち直らせようとします。

しかしサマスペは、夏の炎天下に新潟から輪島まで350キロを歩き通すという過酷な合宿でした。一日の食費は300円。財布、ケータイは取り上げられて、その日の宿も決まっていない。しかも女子の参加は初めてです。

女子の参加を快く思わない二年生の大梅田は、二人を辞めさせようと、ことあるごとにアッコと由里に厳しくします。アッコは由里との距離を縮められず、ストレスばかりが溜まります。

食事当番になったアッコは、宿を借りる交渉に捨て身で成功。さらに夕食は得意のラタトゥイユを披露してメンバーに喜ばれます。
ところが同期の電車不正乗車をかばったために、アッコが電車に乗ったと疑われてしまいます。

 祭りの演芸大会に飛び入りすることになった由里を助け、観衆の前で大喝采を浴びたアッコは、初めて同期の繋がりを感じました。

 ゲリラ豪雨から避難した由里は自分が元気を失った理由を話し、アッコは自分のアイデンティティである応援に自信を失ないます。
 市役所のバスで救助された一行。幹事長の場当たり的な行動に二年生が反発して臨時の幹事長選挙で大梅田が選ばれたが……

<ここから本編です>

 
庄司は相好を崩して部屋に上がった。昨日の祭りで、この二人は仲良しになっていたようだ。
「この先の国道8号なんだけどさ、雨のせいで歩けない所ってあるかな」
「おお、任せなさい。さっき市役所に問い合わせしたところだ」
「さっすが観光課」
 鳥山がおそらく父親より年上のおじさんの背中をばんばんたたいた。
一年生も庄司の周りに集まった。

「今日はどこまで行く予定だったのかな」
「はい。富山に入って黒部市で宿を探すつもりでした」
 早川が地図に指を置いた。
「なるほど。それなら国道8号を行けばいいな。取りあえず8号は通行止めになっている場所はないそうだ。気になるとしたら城山トンネルくらいかな」
「ここですね」
「そう。一キロ以上ある」
 斉藤が「げっ」と蛙のような声を出す。
「でも水は出てないから注意して歩けば大丈夫だ。トンネルの先はもう水の心配はないだろう。その後、8号は海岸線から離れていくから高波とかも問題ない」
「よかった。なんとか先に行けそうです」
 大梅田がほっとしてる。
「あとはここだ。国道8号は入善って所でバイパスと旧8号に分岐する。両方8号だから気をつけた方がいいな」
「おお、そうなんですね」
 大梅田が顔を上げる。
「早川さん、どっちに行く予定でしたか」
「いや、聞いてない。そういう細かいところは園部がその都度、決めるんだ」
「じゃあ今決めてみんなに伝えないと。もう迷うのはやめにしましょう」
 大梅田はまた地図にかじりつく。

「よし、旧8号を行きます。入善で注意ですね」
「梅。黒部市で立ちんぼを立たせる場所も決めておかないと」
 水戸が言った。
「あっ、そうか。ちょっと待ってくれ」
 大梅田はもう地図に顔がつきそうだ。
「道は8号から外れたくないな。駅に近い所がいいから」
 ぶつぶつと言う。手の甲で汗を拭っている。
「ええと食当は市振からこの富山鉄道に乗るだろ。するとここ、黒部駅で降りればいい。そこから8号にぶつかる所……ここか。いやこっちだ。警察署前の交差点にしよう。わかりやすい」
「俺もそれがいいと思う」
 早川が言った。大梅田がふうっと息を吐いた。
「うん、その警察署は大きいから目印にはいいだろうね」
 黙って聞いていた庄司が頷いた。

「梅、今日の道はわかりやすくてよかったな」
 水戸がにやにやしている。
「君ら、余計なお世話かもしれないけど、ネットくらい使ったらいいんじゃないか」
「うちの合宿はネット断ちなんです」と水戸。
「あえてそうしているのは聞いたよ。でも正副幹事長はケータイを持っているんだろ」
 早川がリュックからケータイを取り出した。
「持ってはいますが、緊急連絡用の電話とメールにしか使わないことにしてるんです。わからないことは現地の人に聞こうということで」
 庄司が「徹底してるんだなあ」と苦笑いした。持っていたバッグからタブレットPCを取り出す。
「まあ、ネットのない旅ってのは意義深いと思う。だけど天気とか交通情報くらいは必要だと思うぞ。今日みたいなことが、またあるかもしれないからな」

 庄司がディスプレーに触ると、新潟と富山県の地図が映った。
「これは道路情報提供システムだけどね。オンラインで工事情報や気象情報がわかるんだ」
 そう言っていくつかのマークをタップする。
「たとえばここは道路工事で片側通行、ここは君らのコースじゃないけど、ほら、土砂崩落で通行止めになってる」
「へえ、便利」
 アッコは思わず横から声を出してしまった。
「うーん、来年は使ってみるか」
 大梅田が腕を組んだ。

写真AC webbizさん

「ねえ、庄司さん」
 鳥山がタブレットを手にした。
「これ、貸してくれないかな」
「えっ、これをかい」
「おい、鳥山。あつかましいお願いするなよ」
 茶髪のお調子者が水戸に肩をこづかれてる。
「やっぱ、無理?」
「まあ……いいよ。特別だ」
「えっ」
「市の備品で貸し出し禁止なんだけど、祭りのヒーローの頼みとあらば断れないな」
「やった」
 鳥山がおもちゃを見つけた子どもよろしくタブレットをいじり始めた。
「その代わり、一つ条件がある」
「また条件……」
 由里が小声で言う。

「鳥山君、それを返しにまた青梅に寄ってくれるだろ」
「ええと、宅配便で送ろうと思ってたんだけど」
「青梅でさ、昨日の盆踊りの歌を吹き込んでみてくれないか」
「ええっ? 俺が?」
「うん。次の祭りで流したら大ウケ間違いなしだからさ。あっ、交通費とバイト代を出すよ」
「それを先に言ってよ。それならいいや」
「鳥山さん、すごい。歌手デビューじゃないですか」
 アッコは手をたたいた。
「ギャラ付きかあ。いいなあ、鳥山。そうだ、俺がマネジメントしてやろうか」
 水戸まで嬉しそうだ。
「糸魚川発、盆踊り界に彗星現る、なんてキャッチはどうだ」
 アッコと由里は笑いをこらえる。
「ユーチューブにアップしてみようかな」
 鳥山は、まんざらでもなさそうだ。
「いいね。昨日の盆踊りは撮影してあるからさ。その映像に歌をのせてみたらどうかな」
 庄司も意気込んでる。
「そうと決まったら、とっとと輪島まで行っちゃってくれよ。なんなら車で少し先まで乗せて行こうか」
「いえ、歩く旅ですから」
 大梅田が笑いながら、立って窓を開ける。嘘のような青空が広がっていた。

「それじゃあ、そろそろみんな行こうか」
「はい」
「おう」
 全員、リュックを背負った。手帳を見ながら外に出る大梅田に続く。新聞紙を丸めて突っ込んでおいたシューズは、まだ湿っていて気持ち悪いけど、歩いていれば乾くだろう。道を流れていた水はどこにも見えない。アスファルトはほとんど乾いている。あっけないくらいだ。

「じゃあ僕はここで失礼するよ」
 庄司がバスの運転席から手を振った。
「庄司さん、お世話になりました」
 大梅田が挨拶をして、みんなが頭を下げた。
「いやあ、なんだかんだ僕も面白かったよ。無事に輪島までたどり着くように祈ってる。この先の境川を渡れば富山県になっちゃうけどさ。鳥山君だけじゃなくて、またみんな新潟に、糸魚川市に遊びに来てくれよ」
 全員が「はい」と口々に答えた。

 うん。柏崎の花火を特等席で見てリベンジしたら、この町にも来よう。ブラック焼きそばに負けないお土産を、庄司さんに持って来てあげるんだ。
 クラクションが一つ鳴って、マイクロバスがゆっくりと走り去る。
 大梅田がアッコたちに向き直った。
「ええと、みんな聞いてくれるか。本日の食当と午後の旗持ち、伴走を発表する」
 そう言って手帳に目を落とす。
「幹事長ってお仕事、多いんだね」
 由里にささやいた。
「食当は鳥山、クリス、それと早川さん、お願いできますか」
「うん? 俺もか」
 早川が首を捻った。
「鳥山とクリスがちょっと心配なんで。宿の手配、よろしくお願いします」
「わかった」
 二人はどこかぎくしゃくしている。年次の逆転した正副幹事長だから、お互いにやりづらいのだろう。
「伴走は水戸、頼む。俺は最後尾を歩くから」
「はいよ」
「旗持ちは高見沢。いいか?」
「了解しました」

「あの、ちょっといいっすか」
 斉藤が手を上げた。
「どうした、斉藤」
「はい。あのですね、せめて一年には遠慮しないでびしっと命令してください、幹事長」
 大梅田は目をむいた。
「幹事長はやめてくれ、頼むから。大梅田でいい」
「何を言ってんすか、幹事長」
 斉藤は冷やかしてるようだ。
「大梅田さんって、ちょっと呼びにくかったのデス」
「ああ、こいつのことは梅でもいいけどな」
 水戸がグハッと笑う。
「その、ばあさんみたいな呼び方はやめてくれって言ってるだろ」
「じゃあ仕方ないですよ。幹事長」
 アッコはとどめを刺してやった。新幹事長は「うーん」とうなった。
「ならいい……梅で」
「決定。梅さんですね」
 由里がほほ笑んだ。
 
  ――――サマスペ五日目 糸魚川市~黒部市 歩行距離三十七キロ


<続く>

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