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建築という権力空間への介入――モニカ・ボンヴィチーニ

2023年2月

 新ナショナルギャラリーでは、ベルリン在住のイタリア人アーティスト、モニカ・ボンヴィチーニの個展が開催されている。近代建築の権威ミース・ファン・デル・ローエの手による美術館のガラス張りの地上階に、建築に呼応するサイトスペシフィックな舞台装置が設置され、その内外に彫刻、ビデオ、サウンドを駆使した過去から現在の作品が配されている。

建築への介入

 建物の正面には巨大なミラーパネルの作品『I do You』(写真1)が立てかけられている。鏡が空と周りの風景を取り込むことで錯覚が生じ、ガラス張りの建物がより透明な存在と化している。

写真1:空と周囲の風景を取り込む巨大ミラー『I do You』2022年

 ミラーパネルの裏にまわりガラスの回転扉を抜けて美術館の中に入ると、観客は、広々としたエントランスホールの向こうに設置された幅36メートルの鏡張りのプラットフォームと対峙する。このプラットフォーム『Upper Floor』(写真2)は新ナショナルギャラリーの二つの対称に並ぶオーク材のクロークルームと同じ高さになっていることからその空間に完璧に調和し、また鏡面の効果によりほぼ不可視の存在にまで昇華されている。そのため観客は入ってすぐにはプラットフォームの存在に気づかず、広いエントランスホールを進む中でふと自身が鏡像として空間に取り込まれていることを認識する。鏡面は建物のガラスを越えて外部の風景をも取り込み、内と外、虚と実の境を曖昧にする。

写真2:鏡張りのプラットフォーム『Upper Floor』2022年(写真内右)オーク材のクロークルームと監視係が鏡に映り込んでいる。プラットホームの上はさらなる展示スペースになっている

 プラットフォームを右側/北側へと回り込むと、そこには表面に曇りガラスのような処理が施された鏡を使った作品『Doors』が掛けられている(写真3)。鏡像がぼんやりと映り込んで焦点が定まらない中、苦労しながら鏡面に記されたセンテンスを読み取る。

"no desk in her room"(彼女の部屋には机がない)
"I want walls to match my mood"(自分の気分に合わせた壁が欲しい)
"we finally burnt the walls"(私たちはついに壁を燃やした)
"find a friend, not an architect"(建築家ではなく友達を見つける)
"the scandal of the house"(家のスキャンダル)

Monica Bonvicini『Doors』からの抜粋

 ここで観客は、建築とフェミニズムがこの展覧会のテーマであること、さらには鏡張りのプラットフォームそのものが社会構造における女性の不可視性を示す装置であることに気づき、同時にそのタイトル"Upper Floor"(上階)はおのずと権力構造的な含みを持ち始める。

写真3:ぼんやりと焦点の定まらない『Doors』2022年

 プラットフォームの背面/西側へと回り込むと"DESIRE"(欲望)の文字がきらびやかに光を反射しており、その隙間からは、鉄パイプが組まれた足場の殺伐とした空洞を見通すことができる(写真4)。

写真4:『Desire』2006年 欲望の背後に広がる空虚感

 さらに進んだ南西方向の角には、スチール材を階段に組み立てた彫刻作品『SCALE OF THINGS (to come)』が、プラットフォーム『Upper Floor』に統合されるように設置されている(写真5)。この作品では、階段に登ることでオブジェと身体との物理的な相互作用を体験することができ、鏡による視覚効果とは違ったかたちで観者の知覚に働きかけてくる。

写真5:階段の彫刻作品『SCALE OF THINGS (to come)』2010年/ここからプラットフォームに登ることができる。ビーズカーテンのように吊り下げられた鎖がエレガント。その隣の緑がかったガラス板は新ナショナルギャラリーのオリジナルのガラス

 展覧会で配布されているテキストによると『Desire』の両隣に掛けられている緑がかったガラス板は、先立っての大掛かりな改修工事の前まで、新ナショナルギャラリーの外壁として使われていたものだという(写真5)。また作品『Doors』の曇った鏡面は、改修前に欠陥として問題になっていた結露への言及だそうだ。それを知ると、このプラットフォームの構造物があたかも新ナショナルギャラリーの縮小版であり、その縮小版が新ナショナルギャラリーの中に入れ子のように収められていると考えることができる。

権力構造を提示し、解体する

  プラットフォームの周囲には、ガラスの壁をはさんで、いくつもの手錠が天井から鎖で吊り下げられている(写真6)。この彫刻作品『You to Me』では、監視係に頼めば誰でも30分間手錠に繋げてもらえるという。ガラス張りのがらんどうな空間で手錠に繋がれることで、観るものと観られるもの/支配と従属の力関係が発生する以外にも、建築がつくりだす空間が絶大な威力で人間に作用し、欲望や不安といった生々しい感情が湧き上がる状況が発生する。

 手錠が吊るされているのと同じ並びには、球体に繋げられたデジタル腕時計が、鏡の立方体の上に鎮座している(写真7)。この形状は地球儀を連想させ、また腕時計が男性向けであることからも、時間という絶対的支配者や世界の秩序などが連想される

写真6(左):手錠による観客参加型インスタレーション『You to Me』2022年
写真7(右):カシオの偽物の腕時計で作られた『Time of My Life』2020年 チープな煌びやかさと幾何学的形状が美しい

 『SCALE OF THINGS (to come)』の階段を登ると、プラットフォームの上に出ることができる。床には絨毯が敷き詰められており、観客はその上に寝転がったり、座椅子やハンモックに腰掛けたりすることができる。ここには親密でありながらも冷たくエロティックな空間が広がっており、地上階の四方ガラス張りの公共的な性格とは対照を成す。またいかにもミース的な緑色の花崗岩の柱が、インスタレーションに巧妙に取り込まれており、サロン的な空間作りに一役買わされている。

 絨毯の作品『Breach of Décor』には無造作に脱ぎ捨てられたズボンが無数にプリントされている(写真8、9)。これらはボンヴィチーニが自ら2年にわたり、一日の終わりに床に脱ぎ捨てたズボンをそのままの状態で写真に記録したものだそうだ。脱ぎっぱなしのズボンは女性らしくない反抗的な振る舞いとして捉えることができ、また絨毯という素材は植民地的なものを連想させもする。

 鎖でできたハンモックの作品『Chainswing Belt』(写真8)や座椅子の作品『Bonded Eternmale』(写真9)では、鎖・革・鋲といった素材からSMやボンデージが連想され、そこからもサドマゾキズム実践の場に生じる主従関係さらには権力構造に思いを馳せることができる。

写真8(左 ハンモック):『Chainswing Belt』2022年
写真9(右 座椅子):『Bonded Eternmale』2002年/2022年
写真8、9(左右 絨毯):『Breach of Décor』2020年〜2022年

 ネオン管をつなげた彫刻作品『Light Me Black』では、タイトルの通り、不快なほど強烈なネオン光による目眩しの効果で、周囲により深い影が生じている(写真10)。

写真10:『Light Me Black』2009年

 個々の作品を見ていく中で、60年代アメリカで台頭した芸術運動ミニマルアートのボキャブラリーが多用されていることに気づく。例えば非物質的な光の効果で知覚に働きかけるネオン管はダン・フレイヴィン、鏡の立方体は彫刻と身体の相互作用を追求したロバート・モリス、さらに限定された空間を歩いて体験させる階段の作品はブルース・ナウマンを想起させる。彼らはいわゆる本流のミニマリズムを代表するアーティストたちだ。

 また鉄パイプ、鎖、ガラス、蛍光管といった工業製品を素材とする点、手錠や腕時計などが既製品(レディメイド)でありまた座椅子やハンモックが身体に直に関係するアイテムである点、さらにはそのような工業製品や既製品が美術館や画廊などの制度的空間(ホワイトキューブ)に置かれることで初めて芸術として成立しうる点等々、表現手法そのものはミニマリズム=モダニズムの伝統にそったものであるといえる。

建築への介入→文脈の変換

 初期のビデオインスタレーション『Hausfrau Swinging』(写真11)では、床に置かれたテレビに、家の形をした段ボールを頭にかぶった裸の女性が白壁に延々と頭をぶつける様子が映し出されている。そこには主婦(Hausfrau)の空間としての「家」と、その空間の中でまるで家父長制に反抗するかのようにもがく生身の女性を見てとることができる。またその壁をインスタレーションとして場に提示し、女性に特化された私的領域を美術館という制度化された公的空間に持ち込むことで、ホワイトキューブに内包された男性優位性を露わにし、解体しようとする。

写真11:『Hausfrau Swinging』1997年

 今回の展覧会でもボンヴィチーニは、自身のインスタレーションを通じて、ミース・ファン・デル・ローエという近代建築の権威による男性性が支配する建築空間に物理的に介入し、フェミニズムの文脈を忍び込ませながら、冷たく官能的な美意識をもってまったく新しい空間認識をそこに再提出する。さらに言えば、モダニズム建築のガラスの「透明性」を、社会構造における女性の「不可視性」という含意にすり替え、建築のコンテクストを変換し、それによって制度化された「美術館建築」を乗っ取り(= "I do you")、男性性が支配する近代の権力構造そのものを脱構築しようとする。

 ボンヴィチーニ展を出てから階下の常設展に足を運ぶと、新ナショナルギャラリーの建築とミース・ファン・デル・ローエについての展示を見ることができる(写真12)。展示パネルのミースは、クラシックな雰囲気の居間で椅子にふんぞり返りながら葉巻をくゆらす、いかにも高齢白人男性というような権威的な振る舞いをしており、モニカ・ボンヴィチーニのインスタレーションを鑑賞した後ではその姿がなおのこと印象的であった。

写真12:ミース・ファン・デル・ローエとバルセロナチェア(新ナショナルギャラリー常設展より)

展覧会情報
展覧会名:Monica Bonvicini『I do You』展
場所:新ナショナルギャラリー/ベルリン
期間:2022年11月25日〜2023年4月30日
公式ウェブサイト:Neue Nationalgalerie

画像出典
ヘッダー:Neue Nationalgalerie, photographed by the author
写真1:"Monica Bonvicini, I do You, 2022", photographed by the author
写真2:"Monica Bonvicini, Upper Floor, 2022", photographed by the author
写真3:"Monica Bonvicini, Doors, 2022", photographed by the author
写真4:"Monica Bonvicini, Desire, 2006", photographed by the author
写真5:"Monica Bonvicini, SCALE OF THINGS (to come), 2010", photographed by the author
写真6:"Monica Bonvicini, You to Me, 2022", photographed by the author
写真7:"Monica Bonvicini, Time of My Life, 2020", photographed by the author
写真8:"Monica Bonvicini, Chainswing Belts, 2022", photographed by the author
写真9:"Monica Bonvicini, Bonded Eternmale, 2020/2022", photographed by the author
写真10:"Monica Bonvicini, Light Me Black, 2009", photographed by the author
写真11:"Monica Bonvicini, Hausfrau Swinging, 1997", photographed by the author
写真12:A panel at the exhibition in Neue Nationalgalerie, photographed by the author

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