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ボディワークとしてのコンタクト・インプロビゼーション

こんにちは、AAPAの永井美里です。
2023年10月から新たに始まるプロジェクト『からだの対話の場をひらく』と関連して、ボディワークやコンタクト・インプロビゼーション(CI)に関するコラムを、不定期ですが更新していきたいと思います。

「ボディワーク」という言葉に、馴染みのない方もいると思います。言葉としては、「ボディ=からだ」に「ワークする=働きかける/取り組む」という意味です。
ボディワークの意味する範囲は広く、ヨガなど一般の人にも馴染みのある健康法から、ヒーリングやセラピー、教育や芸術分野でのアプローチなど多岐にわたり、全体を説明するのはとても複雑になるため、ここでは自分達が「ボディワーク」という言葉を使うときに意味していることや、コンタクト・インプロビゼーションを含め自分たちが行っているダンスとの関わりを軸に、お伝えしたいと思います。

まず「からだに働きかける/取り組む」とは、どういうことでしょうか。
ボディワークには様々なメソッドがあり、そのアプローチは多様ですが、「からだが本来もっている能力を引き出すことで、その人にとってより良い状態にしていく」という思いが根底にあると考えています。

現代では様々な研究も進み、「からだ」と「こころ」が相互に作用しあうこと、心身のバランスの良い状態が健康や幸福につながることが、一般的に知られるようになっています。健康のために運動をしていくと同時に、心身を酷使するような働き方や身体トレーニングの仕方を見直し、食事や睡眠に気を配ることで「からだの不調やストレスを無視しない」ことへの関心が、広がっています。

「からだ」と闘っていくのではなく、「からだ」と協力しあう。そのために普段は無意識でいる「からだの動きや反応」に耳を傾け、より良い関係(=バランスの取れた状態)をつくり直していく。そんなからだとの向き合い方を通じた、自己探究を目的とした学びが、ボディワークの根底にあると感じています。

ボディワークでは、「からだ」をこころと切り離した解剖学的な身体として捉えるのではなく、心理的・精神的なものや、社会・文化・慣習によりつくられるあり方を含めた全体として「からだ」を捉えます。
日本には「からだを通じて、こころを鍛える」「所作を通じて心身を整える」といった、からだとこころはひとつと捉えて自身を磨く思想が古くからあるので、こうした考え方自体は理解されているように思います。

ボディワークの「からだ」の捉え方は、西洋の身体観に東洋の身体観が出会うなかで発展してきたものでもあり、現在のボディワークの発展に大きく影響を与えた有名な場所として、アメリカの「エサレン研究所」があります。

エサレン研究所は、1962年に「ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント(人間性回復運動)」の流れのなかで「人間の潜在的可能性を探求する」ことを目的に始まりました。
研究所では、ロルフィングやセンサリー・アウェアネスといったボディワークをはじめ、ゲシュタルト療法やエンカウンター・グループといった心理療法、ヨガやダンス、太極拳、音楽、アートなど様々なワークショップが開かれ、相互交流のなかで多くの新しいボディワークの手法が生み出されました。

1960年代というのは、アメリカのモダンダンスにおいても新たな身体への関心と探求が注目され、大きな転換期になる時代でした。従来のバレエやモダンダンスにおける「身体」は、ある特定の動きや意味、感情を表現するための道具であり、ダンサーはそのために必要な身体トレーニングを積み、そのダンスにふさわしい身体を人工的につくりあげていく必要がありました。
一方で、この時代の新しい振付家やダンサーたちは、からだが本来もつ自然な動きや、日常的な身体動作への関心など、「からだそのものへの探求」を始め、ボディワーク、太極拳や合気道、セラピー、演劇など他の分野や領域を横断しながら、新たなダンスを生み出していきました。

AAPAがスタジオのクラスで行っているリリーステクニックやコンタクト・インプロビゼーションといったダンスも、1960年代のアメリカで活動したダンサーを通じて生まれ発展してきたもので、ボディワークのメソッドを取り込みながら生み出されたダンスです。
「リリーステクニック」の源流としては、ジョアン・スキナーがアレクサンダー・テクニークの影響を受けて考案した「スキナー・リリーシング」や、メアリー・フルカーソンがメイベル・エルスワース・トッド(イデオキネシスの創始者)やボニー・ベインブリッジ・コーエン(ボディ・アンド・マインド・センタリングの創始者)の影響を受けて考案した「アナトミカル・リリース・テクニック」があります。
「コンタクト・インプロビゼーション」は、1972年にスティーブ・パクストンが考案したダンス形式ですが、そのテクニックの発展には、合気道やメアリー・フルカーソンのリリース・テクニックが関わっていることが本人や共同したダンサーの発言から伺えます。

ボディワークとつながる上記のダンスに共通しているのは、テーマや感情にある「意味」からダンスを立ち上げるのではなく、「からだ」そのものを探求することから始まる点です。
それは、従来のダンスのように特定のからだのポジションやステップを繰り返し練習して「外側」から身体を形づくるのではなく、骨や筋肉といった解剖学的な知識、重力との物理的法則、からだがもつバランス感覚や調整機能など、ダンサー自身の「内側」の感覚やイメージを捉えて動いていく、インプロビゼーション(即興)を用いたワークの開発につながっていきました。こうしたダンスの特徴については、また別の機会にあらためて深く取り上げてみたいと思います。

ここまでで、ボディワークとダンスが「からだへの気づきを深める」点で、つながるものだということを感じてもらえれば嬉しいです。その上で、今回の記事のタイトルにある「ボディワークとしてのコンタクト・インプロビゼーション」について、もう少し話を進めてみたいと思います。

コンタクト・インプロビゼーションは、他者との接触を通じて、重みやバランスといったからだの物理的な法則に従うことで動いていきます。それは『触れる/触れられる』という体験を通じて、自分をいつもの場所から、外にひらくことでもあります。その時に、面白い、気持ち良い/悪い、怖い、不安、緊張など、多様な感覚や感情が引き出されることや、同じことをしようとしても人によって感じ方は様々だということを、実感してきました。

ボディワークには、自分ひとりでできるもの、グループで行うもの、施術者やセラピストとの個人セッションとして行うものなどがありますが、コンタクト・インプロビゼーションのワークでは「他者との交流や協働を通じて、からだの感覚や感情に新たに気づくこと」をしていると思います。そして、そこで得られる気づきは、多様な個人とともに生活していく上で、自分が心地よく過ごしていくためのヒントになると感じています。

今年の10月から始まる両国門天ホールでの『月1ワークショップ』では、そうした人との関わりから生まれる「からだの感覚や感情」について、対話をしながら共有していく方法を、「ボディワークとしてのコンタクト・インプロビゼーション」という視点を大切にして深めていきたいと考えています。

最後に、身体運動学をトレーニングに結びつけたアメリカの振付家エリック・ホーキンスについて書かれた、以下の言葉を紹介したいと思います。

ホーキンスの考えによれば、身体は、運動の法則重力に左右される自然の道具であり、世界を体験するための手段である

シンシア・J・ノヴァック著/立木燁子+菊池淳子訳, 
『コンタクト・インプロビゼーション 交感する身体』,
フィルムアート社, 2000年, P. 42

この後半の部分、「(身体は)世界を体験するための手段である」という言葉に注目したいです。

自分が、どのように世界を感じているのか。
人は、どのように世界を感じているのか。
他者に『触れる/触れられる』ことから、少しずつ知っていくことができればと思います。

▼ 参考文献:
宝島編集部 編(1992)『ボディワーク・セラピー からだとこころのバランスをたもつ36の方法 』JICC出版局
シンシア・J・ノヴァック/立木燁子+菊池淳子訳(2000)『コンタクト・インプロヴィゼーション 交感する身体』フィルムアート社 
久保隆司(2011)『ソマティック心理学』春秋社 

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