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ひぐらしの鳴き声とともに父は帰ってくる

かなかなと
ひぐらしの鳴き声が聞こえる
畦道を赤く染めて
沈みかけた大きな夕陽

田んぼの水面を風が走る
河鹿の声が足下から伝わって
心をくすぐる

かなかなかな

ひぐらしが鳴く

縁側の椅子が揺れる

「あれ?今年は早めに帰ってきたのかもよ」
母に声をかける
「たいへん!準備を急がなきゃ」

母は
盆提灯を
仏壇の前に飾っている
「お父さん、ちょっと待ってて」

それに
答えるように揺れる椅子

生前
父がいつも座っていた椅子は
亡くなってから
3年経ってもまだそのまま
お盆になると
帰ってきた父が
そこに
座っているかのような
不思議な感覚

にこにこと
生前のようにそこに座って
見守ってくれているのだろう

何処からか読経の声

「お隣さんの家にお寺さんが来てるね」
「ああ、だからお父さんが間違えて早く来ちゃった」

母は笑っている

笑顔でいれば幸せになれる

父の口癖は
未だに我が家に生きている
そして
これからも生き続ける

いつの間にか
仏壇に
ちょこんと
キュウリの精霊馬が
飾られている
茄子の精霊牛も
出番を待っている

今年も
父からの贈り物の時間
優しい優しい時間が
我が家に訪れる

目には見えない
優しい時間
確かに感じる
穏やかな時間がそこにある

お父さん
お帰りなさい

かなかなと水面を走る
日暮しや
魂は揺れる精霊馬の背

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