何でこんなラッキョウの写真を載せたんだ、と思ったのではないか。確かに「薤露行」と言うと、言葉だけでなにかしら美しいイメージが浮かぶ。たとえば宮沢賢治に「薤露青」という詩があり

みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
　　……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
　　　　プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
　　　　ときどきかすかな燐光をなげる……
橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは
この旱天のどこからかくるいなびかりらしい
水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ
　　……たえず企画したえずかなしみ
　　　　たえず窮乏をつゞけながら
　　　　どこまでもながれて行くもの……
この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた
わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや
うすい血紅瑪瑙をのぞみ
しづかな鱗の呼吸をきく
　　……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
　　……あの力いっぱいに
　　　　細い弱いのどからうたふ女の声だ……
杉ばやしの上がいままた明るくなるのは
そこから月が出ようとしてゐるので
鳥はしきりにさわいでゐる
　　……みをつくしらは夢の兵隊……
南からまた電光がひらめけば
さかなはアセチレンの匂をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
　　……あゝ　いとしくおもふものが
　　　　そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
　　　　なんといふいゝことだらう……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる

なんとなく「薤露行」もこんなイメージを誘発させるのだが、そんなことはない。
何だったら「薤露青」も「薤露行」も、ラッキョウの葉っぱが語源である。何がロマンだ。

ということで本題である。
この作品は
一 夢
二 鏡
三 袖
四 罪
五 舟
計五章でできている。

そこで鬼門がある。「二 鏡」だ。これさえなければ話は簡単で、要は四角関係なのだ。

アーサー王と婚約している王女ギニヴィアは騎士ランスロットと不倫している。
ところが、このランスロットに旅先で少女エレーンが惚れてしまう。

結末としてはギニヴィアの不倫はばれる。ランスロットは消息を絶つ。エレーンは死ぬ。

と実に救いのない話なのだが、おまけにややこしいのが「二 鏡」で、ここでいきなり「シャロットの女」が出てくる。
お前誰やねん、と思っていると、この女は鏡を通してしか下界を見てはならないのにたまたまランスロットが通って下を覗き込んで死に、腹いせにランスロットに呪いをかける―その結果ランスロットはエレーンに惚れられてしまう―という、かなり理不尽な話が出てくる。
「二 鏡」さえなければ西洋騎士道物語にモデルを取った漱石自らの三（四）角関係追求の始まりの小説、と筆者も胸を張って説明できるのだが、これのせいでめちゃくちゃである。
というのは、他の部分はドストエフスキー以来の、近代文学の世界である。にも関わらず「二 鏡」はそれ以前、人間が未だ自由意志に目覚めぬ昔、まだ「運命」という言葉が説得力があった時代の代物なのである。

漱石としては翻案物だし、そこまで考えなかったのかもしれないが、とにかくこの一章がすべてをめちゃくちゃにしている。

読者諸氏においてはそこだけ飛ばして読んでもいいと思う。
ただこの破綻してる感じもそれはそれでちょっと面白い。

一応二章以外の解説も置いておく。

一 夢
夢は王女ギニヴィアの見た夢。それは王女の王冠のヘビが動く不吉な夢だった。この夢のためにランスロットは騎士の決闘に向かってしまう。
三 袖
少女エレーンは服の片袖を家に泊まったランスロットに身に着けてほしいと願う（当時の風習、ただしその袖は「愛する婦人」の袖であることを意味した）。ランスロットは迷うが結局身につける。
四 罪
王女ギニヴィアの不倫がばれる。
五 舟
エレーンの死体（ランスロットへの恋が敗れて生きる望みをなくしたのだ）を乗せた舟が城の水門に流れ着く。ギニヴィアはエレーンの恋文を読む。
そしてエレーンの恋を許したのか（本人も不倫中なんだから裁ける身分でもなさそうだ）。
（余談）これで「漾虚集」も「趣味の遺伝」を残すばかり。何とか期限内に読み切れそうだ。