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小説・物語食卓の風景

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郊外で何不自由なく暮らしていたリタイヤ男性が失踪。家族や周りの人たちの戸惑いを軸に、家庭によって異なる家事のあり方について考えます。育児真っ盛りの娘、子どもがいない夫婦の姉、シン… もっと読む
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物語食卓の風景・対面⑤

物語食卓の風景・対面⑤

 帰り道、真友子はその日に話し合ったことを考えていた。美帆は、近々航二と別れるつもりだと言っていた。踏ん切りをつけるために、真友子に会ったのだからと。そのとき、美帆の顔に何だかあきれたような表情が浮かんだ気がしたのは、深読みしすぎたのだろうか。愛情が特別深いわけでも、パートナーシップがしっかりあるわけでもない、私たちの関係にあきれたのか、それとも私という人間にあきれたのか、などと考えてしまうのは、

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物語食卓の風景・対面④

物語食卓の風景・対面④

 真友子は、美帆の言葉で、いつの間にか自分が家事のほとんどをやるようになった不満を思い返していた。新婚の頃は、夫婦共働きだし、家事は分担してやろう、と2人で話していた。料理も平日は真友子で週末は航二と決めていたはずなのに、航二は日曜日にほとんどいないから作らないし、土曜日もなんだかんだと口実を作って作らない。平日に私が遅くなったときは作ってくれたっていいのに、「俺も今帰ったところだから」と言いつつ

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物語食卓の風景・対面③

物語食卓の風景・対面③

 真友子は、ゴクリと唾を飲み込み、大きく目を見開いて目の前にいる女性を見た。美帆は真剣な顔をしている。さきほどまで絶えず何かを口に入れていたのに、手は止まって、テーブルの下に隠されている。何を考えているのか。表情を読もうとして、いや話す気があるというのだから、聞いたほうがいい、ここは聞くべきだ、と心の声がする。グラスの底に少しだけ残っていたワインを飲み干し、真友子は若干声を震わせながら聞いた。

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物語食卓の風景・対面②

物語食卓の風景・対面②

 料理が運ばれてくると、美帆はしばらく食べることに夢中になったようでしゃべらなくなった。目を輝かせて次々と料理を取っていくさまは、まるで子どものようでその食欲にも、真友子はたじろいでいた。年代は同じぐらいだろうに、そして美帆がとりわけ太っているわけでもないのに、食欲が違う。食欲から見える美帆の貪欲さはまるで、両者の人生の豊かさを反映しているようで、真友子はなんだか自己嫌悪に陥りそうだった。

 私

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物語食卓の風景・対面①

物語食卓の風景・対面①

 久しぶりに小説の続きです。いつも楽しみにしてくださっていた方はすみません。引っ越し騒動で書く余裕がなくなってご迷惑をおかけしました。引っ越し先も無事決まったので、今週から連載を再開します。

 前回は真友子が関西出張の機会に数年ぶりに妹の香奈子を訪ね、関係を復活させた話でした。実家に帰りたくなくて疎遠になったため、地元に暮らす妹とも会いづらくなっていたのです。香奈子が父の所属サークルに「潜入」す

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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷⑤

物語食卓の風景・久しぶりの帰郷⑤

 香奈子としゃべっていると、時間はあっという間に過ぎた。小学生になった咲良にも会い、誰だかわからないようだったので、改めてあいさつし、打ち解け始めたぐらいでタイムオーバー。姉妹って不思議。何年も会っていなかったのに、昨日も会っていたみたいに自然に打ち解けた。もちろん私を知らない姪っ子たちと会うことで、確かに時間は経っていると気づかされるのだけれど。

 帰りの新幹線の車中、真友子はつらつらと今回の

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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷④

物語食卓の風景・久しぶりの帰郷④

 グズグズと言い訳をしながら決断をしない香奈子の様子を見ていると、真友子は、もしかすると、わが家の問題は皆が優柔不断なところにあったのかもしれないと思った。

 母が父を探そうとしないのも、香奈子が手がかりを探ろうとしないのも、何かを決めることで、生活が変わるのを恐れているせいかもしれない。今の平和な生活を変えるような何かが起こってしまうことを。でも、すでに父はいないのだ。どこかで犯罪に巻き込まれ

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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷③

物語食卓の風景・久しぶりの帰郷③

「今までに分かっていることを教えて」

「うん。お父さんがいなくなったのは、3カ月ほど前のこと。お母さんが元町まで買い物に行った間に出て行ったみたいなの。帰ってきたら、寝室が散らかっていて、お父さんの洋服とかなくなっているものがあったって」

「全部じゃないの?」

「うん、全部じゃなかった。スーツケースにしまえる分だけ適当に持って行ったみたいな感じだったって」

「そうなんだ」

「でも、老後資

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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷①

物語食卓の風景・久しぶりの帰郷①

 けむに巻かれたような美帆との邂逅を経て、数日後。真友子は、長沢美津子と共に関西行きの新幹線に乗っていた。当然のことながら、浮気調査をけしかけた美津子は興味津々である。

「それで、どうだったのよ、不倫相手は若い女だった?」

「そんな。決めつけないでくださいよ。まだ不倫かどうかわからないんですから」

「まだ決定的な証拠は見つかっていないのね。でも、何かわかった?」

「航二が毎週末のサークル活

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物語食卓の風景・3人の行方④

物語食卓の風景・3人の行方④

 「特に印象深かったのは、定番だけどやっぱりニューヨークね。映画の見過ぎかもしれないけど、ミュージカルを観に行ったときに、休憩時間にラウンジでしゃべっている人たちがみんな英語で、まるで映画みたいでカッコよかった。独特のクラシカルな茶色っぽいビル街も、自由の女神像もセントラルパークも、映画やテレビで観たまんまで。やっぱり、他の街と比べてニューヨークは断トツで映像の事前情報が多いせいね。自分が映画の中

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物語食卓の風景・3人の行方③

物語食卓の風景・3人の行方③

「こんばんは」

 真友子たちが入ってくる姿を認めて、立ち上がった女性は、意外にも真友子とさほど年代が変わらないと思われる女性だった。黒のワンピースがよく似合う、落ち着いた雰囲気だが、セクシーと言うよりは仕事ができそうな顔つきである。

「よお!」と気軽な雰囲気で語り始める航二。「ごめんなー、急にメンバーを増やしちゃって。これが、うちの奥さんの真友子」

 これって何よ、と思いながらも、真友子は笑

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物語食卓の風景・3人の行方②

物語食卓の風景・3人の行方②

 結局、真友子はピンクのカットソーにお気に入りのトルコ石のネックレスを合わせ、下はベージュのパンツ、とおとなしめの洋服を選んだ。後で食事に行くからスカートやワンピースもいいかと思ったが、一応メインの用事としているテニスコートでドレッシー過ぎるのも不自然だし、気合が入った服装では美帆さんに警戒されてしまう。あくまで何も気づいていないフリをしなければ、と考えたのだ。美帆さんが若くてきれいな人だったら、

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物語食卓の風景・3人の行方①

物語食卓の風景・3人の行方①

 その夜、真友子は靴箱から押し入れまで、家じゅうをひっくり返してようやく昔のテニスシューズを見つけ出した。ラケットは、さすがにガットが緩みまくって使い物になりそうにない。テニスウエアは、見つけたシューズと同じ収納ボックスに入っていたが、迷った末持って行かないことにした。運動自体、散歩ぐらいしかしなくなっていて体力が落ちているのは間違いないのに、やる気満々、みたいな態度でサークルに行くのはどうか。も

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物語食卓の風景・夫婦の時間⑤

物語食卓の風景・夫婦の時間⑤

 公園を出ると、航二は急に何かを思い出したように立ち止まる。

「真友子、ごめん。おれちょっと買い物があった。先に帰ってて」

「いいよ、今日は暇だし一緒に行くよ」

「いいから、いいから」と言いつつ、もうくるりと振り返って歩き出す航二。その後ろ姿には断固としたものがあって、真友子は言われた通りにすることにした。

「じゃあ、先に帰っておくね。気をつけて」

「おお!」

 帰る道々、真友子はさっ

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