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生まれたように、生きてゆく

 個性の源ってなんだろう。君たちは考えたことがあるかな?
 母さんは性教育の講師として、ヒトの多様性を生み出しているのは、有性生殖という命をつなぐ仕組みだと話すことが多い。女性と男性が自らの遺伝子の半分を封じ込めた卵子と精子を差し出す。それらが結合すると新たな生命がはじまる。一人一人が異なる遺伝子を持ち、それを発現させていくことで個性が、集団としては多様性が生まれる。
 全く同じ遺伝子を持つ一卵性双生児も、生れ落ちてからは(いや、その前からかもしれない)重ねていく経験が、目にする景色が、出会う人が、それぞれに違えば、体つきも気質も違ってくるだろう。そうして育まれる個性の源は、「縁」と呼ばれる目に見えない相互作用なのかもしれないよね。

 一方で、占い師としての母さんは、君たちの生まれた瞬間の天空図(ホロスコープ)からも、その個性を読み解こうとする。
 西洋占星術では、生まれた瞬間、その場所に降り注いでいた宇宙からのエネルギーが、初めての呼吸とともに魂に転写されると捉える。天空図に落とし込んだ天体の配置から、その魂が志向する人生のテーマ、思考の傾向、心の拠りどころ…様々なことを読み取るのだけど、、身近な観察対象として、君たちはとても味わい深いネタを母さんに日々提供してくれている。読めば読むほど、天空図には君たちの在り様が示唆されているようで、その不思議さに魅了されてしまう。

 その考えからすると、君たちの個性は誕生した瞬間に定まったということになる。だけど、母さんのおなかにいた時から、君たちの様子はそれぞれ違っていた。一人目の君はちょこちょことよく動いたけど、二人目の君はあまり動かず、胎動はいつものっそりと感じられた。三人目の君は動きが激しくて、時には痛いと感じるほどだった。
 生まれ方だって違っていた。律儀に予定日ぴったりを目指して生まれた(それも日付が変わって10分後に!)子もいれば、のんびりと9日も余計におなかで過ごした子、みんなを一週間ヤキモキさせておいて、生まれるとなったら子宮口を蹴破るような勢いで生まれた子もいる。
 誕生前から感じられた違いは、遺伝子の違いがもたらした個性かもしれない。あるいは母さんの体との相互作用によって、そういう振る舞いの違いになったのかもしれない。同じ人の妊娠出産も一回一回体の状態は違うだろうしね。
 一人目の君は陣痛が始まって生まれるまで22時間かかったけれど、堅い子宮口をこじあけて産道を通ってくるのは、しんどい難作業だったかもしれない。三人目の君は5時間くらいだったけど、産院に着いてからは1時間くらいだったと思う。ちなみに産院に着いてすぐに内診を受けた時、子宮口はまだ2センチほどしか開いてないと言われ、母さんは倒れそうになった。子宮口は1センチ開くのに1時間ほどかかると聞いたことがある。10センチ開いて出産だから、すでにいきみたいほどの陣痛を感じていた母さんは、あと8時間これに耐えるのかと想像しただけでクラクラした。実際にはここから1時間かかってないから、実に8倍速で君は生まれたわけだ。

 いずれにしろ、生まれてからの様々な場面で、母さんはよく君たちがおなかにいた頃のこと、生まれた時のことを思い出した。そうか、生まれる前からこうだった、生まれた時もそうだった、だからだよね、と。
 ひとつの命をめぐる時も縁も連綿と続き、そこでひとつの性が起ち現れる。それは宮沢賢治の詩にあるように「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明」なのかもしれない。
 命のはじまりは受精の瞬間と捉えることもできるけど、君たちの遺伝子の半分である母さんの卵子、そのもととなる細胞は、母さんが胎児の頃―ままちゃんのおなかの中にいた時にすっかり準備されていた。命のはじまりは、その前から体温であたためられて、その時を待っている。

 前の手紙に書いたように、三番目の君が生まれて、二日後にじぃじが死んだ。生まれるも死ぬもひとつの連なりに起こることで、人は生まれたように生きて、生きたように死ぬ、そんな当たり前のようなことを母さんは30代も後半になって、しみじみと腑に落とすことができたんだ。

 血の繋がった家族だからこその愛があるように、世間では語られることがあるけれど、そればかりではないと、母さんは君たちとの時間の中で感じるようになってきた。私の身体という空間をひととき共有したことは心ときめく経験であったし、ふとした折に、遺伝子を共有している君たちの存在をひたすら有難いと感じることもある。
 だけど、本当は血が繋がっていたことなんてないこと(血液の交換はしてない)、それでも共存し合える体の仕組みに驚いたり、それぞれが持つ天空図の違いがたまらなく愛おしかったり、こんなに異なる存在なのに共に在るということこそが貴いなぁと思うのだ。

 西洋占星術では、生まれた瞬間の東の地平線上の座標(アセンダントと言われる)が重要視される。それはその人が生きていく上で、全ての動機となるエネルギーであり、ある本には母胎を蹴って外界に自分という個を押し出す力なのだと書かれていたりする。

 生まれてきたように生きていく、君たちのその「性」を最も身近な立会人として見届けることができる。なんて素晴らしいポジションに自分はいるのだろうと、母さんは幸せをかみしめているのだ。


2024年4月19日 太陽牡羊座期間の最後の夕暮れに

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