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伊勢神宮の式年遷宮とハイクのデザイン

*このテキストは「AFFECTUS subscription」「AFFECTUS letters」参加メンバー限定有料ニュースレター「LOGICAZINE(ロジカジン)」で、2019年8月20日に配信されたタイトルです。

本文は以下から始まります。


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三重県伊勢市の伊勢神宮には1300年もの長きにわたり続けられている儀式がある。「式年遷宮(しきねんせんぐう)」と呼ばれる建築儀式で、20年に一度、神宮内の社殿のすべてを取り壊し、まったく同じ社殿を新しく建て直すという儀式である。

「20年に1回建て直すわけですから、ある宮大工の棟梁が指揮をとると、20年後はたぶんお弟子さんが棟梁となってやるという、そういう具合に受け継がれてきている。図面も全部引き直すらしいです。(中略)おそらくは、極僅かな違いが重なってきたと思います。こうしたほうがいいんじゃないか、鳥居の反りはもう少しこう直したほうがいいんじゃないかといった、ごく僅かな棟梁の思いが、図面をひくときに微妙に鉛筆の線1本分くらいずつ変化したかもしれない」
無印良品の理由展 トークイベント採録「第3回 原研哉氏」より

原研哉が語る通り、まったく同じ社殿を建て直しているといっても1300年もの間繰り返されてきたことによって、建て直すたびにその時代の微妙な変化が加わり、おそらく1300年前の伊勢神宮と現在の伊勢神宮はまったく完璧に同じ建物ではないだろう。

また原研哉は、式年遷宮についてこうも述べている。

「なんでそんなことをするのか、とても不思議なことです。過去の遺産を保存するのだとしたら、世界遺産にでもして誰も手をつけられないようにしておけばいいのだけれど、それは西洋流の保存ですよね。日本流の保存というのは、全く同じものをなぞり返して、更新していくことで何かを受け継いでいくというふうに発想するわけです。そのまま保存していてもだめなんです。賞味期限が切れる」
無印良品の理由展 トークイベント採録「第3回 原研哉氏」より

この日本の伝統は、無印良品がまさに実践していることであるし、あらゆる領域で見られる日本の特徴だと私は考えている。

この特徴はファッションでも見られる。日本の伝統を最先端ファッションであるモードの舞台に登場させたのが「ハイク(HYKE)」のデザイナー、吉原秀明と大出由紀子の二人だ。

ハイクがスタートしたのは2013AWシーズン。吉原と大出は1998年に立ち上げた前身の「グリーン(green)」を超人気ブランドに育て上げるが、出産と育児のために2009AWコレクションを最後に人気が絶頂のタイミングでブランドを休止する。

休止期間中もブランド復活を望む声は根強くあり、2013年にハイクのスタートが宣言されるとそのニュースは瞬く間に広まり、日本のファッション界は一瞬にして二人の復帰を喜ぶ声であふれる。私も二人の新しいデザインが再び見られることに嬉しくなった一人である。

吉原と大出のデザインは日本モードの新しいスタンダードを作った。それまで日本のモードといえばコム デ ギャルソンを代表するようにシルエット・素材・ディテールという服を構成する要素のすべてにアイデアと技巧を注ぎ込み、それらの服をスタイリングすることで迫力を生み出す複雑かつ重層的なデザインが多かった。現在、パリで発表を行っている日本のブランドのデザインを見ると、その特徴が感じられてくる。ジュンヤ ワタナベやノワール ニノミヤ ケイといったギャルソン直系ブランドだけでなく、サカイ、アンダーカバー、タカヒロミヤシタザソロイスト、ファセッタズム、ミハラヤスヒロといったブランドには複雑かつ重層的なデザインの特徴が読み取れる。

カッティングによってクラシックな美を探求するヨウジヤマモトも、シンプルな服を見せるのではなくカットの大胆さに複雑さを織り交ぜながら見せるデザインがベースにあり、イッセイミヤケは得意の素材開発が前面に出すぎることがあり、その際はクラフト感が強くなってしまう(しかし、イッセイミヤケのメンズウェアは絶妙なバランスで着地させている稀有な存在)。

これはデザインの良い悪いの話ではなく、あくまで特徴の話と解釈してもらいたい。日本=複雑かつ重層的デザイン。それがパリモードで発表する日本ブランドに多く見られるデザイン傾向だと感じている。

同時にそのデザイン傾向は、パリモードが日本に抱くイメージに思えてならない。そこに勝手ながら私は違和感と共に、わずかながらに怒りも感じている。

「複雑さだけが日本のデザインではない」

だが、近年のハイクは複雑さとは異なる新しい日本のデザインの可能性を我々に示している。

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