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映画『月』感想 虚空に消えてしまう問題提起

 観ている間はそうでもなかったんですけど、感想書こうと思い出す内に優性思想の考え方が腹立ってきてしまいました。映画『月』感想です。

 東日本大震災を描いたことで評価された作家の堂島洋子(宮沢りえ)。だが、ある悲劇から立ち直れず、彼女は小説を書けなくなっていた。彼女が新たに始めた仕事は、森の奥深くにある重度障害者施設の介護職員。そこで洋子が出会ったのは、作家を目指す坪内陽子(二階堂ふみ)、献身的に世話をする「さとくん」(磯村勇斗)ら同僚たち、そして重度の障害を抱えた入所者たちの現実だった。洋子は、他の職員らが入所者へのひどい扱いや暴力を目の当たりにして憤るが、訴えても聞き入れてもらえない。職員たちのストレスと疲弊は日に日に溜まっていき、その爆発は意外な人物の手によってもたらされようとしていた…という物語。

 辺見庸の同名小説を原作として、『舟を編む』『茜色に焼かれる』などで知られる石井裕也監督が映画化した作品。原作といっても、登場人物設定を一部流用したのみで、かなり脚色を加えたオリジナル脚本のようです。『舟を編む』で日本アカデミー賞を受賞して以降、その後の『映画夜空はいつでも最高密度の青色だ』『茜色に焼かれる』では、現代社会の際に追い込まれる人々の生き辛さを、怒りを込めて描いている印象でした。今作が障害者施設殺傷事件を題材にした作品であるのも、その流れの延長線上なのかもしれません。

 社会的に衝撃を与えた相模原障害者施設の事件ですが、今作品はその衝撃を風化させないために、再度、ショックを与えるべく創られた映画というような印象を抱きました。役者が演じるのではなく、現実に障害を抱える人々を入所者として登場させ、24時間TVでの障害者イベントではまず映されない映像を目の当たりにさせています。誰もがギョッとしてしまう映像であり、そう感じることに後ろめたさを抱かせるものになっています。そうすることで、改めて人道的な考えを取るのか、それとも劇中の事件を起こす犯人のような理路整然とした反人道的な考えを取るのかということを問い詰める作品になっています。

 実際の事件が与えた衝撃は、犯人の動機・思想というものがある程度、ロジカルなものになっていて、それに対して世間の人々が目を逸らしていたこともあり、論理的な反論を出来なかったという部分があると思います。この作品でも、犯人がロジカルに犯行動機を語り、それに対して洋子が否定しつつも、自分自身の中にある同じ思想を感じてしまうという恐ろしい場面が描かれています。

 主要人物4人が、全員クリエイター要素があるのも、象徴的な配置ですね。スランプになった作家の洋子、人形アニメを作り続ける夫の昌平(オダギリジョー)、作家を目指すも芽が出ない陽子、そして楽しそうに絵を描いていた「さとくん」というのは、全員が社会的には役に立たないとされるものを大事にしている人々で、その「社会的に不必要」とされている点が施設の入所者たちと近しい部分に思えます。その同じスタートラインに立っていた人々が、どう道を違えるか、どういう選択をしていくかという物語になっています。

 ラストは救いに向かう姿と、惨劇に向かう姿を同時進行で描かれていきます。どちらかという結末にしなかったのは、この事件の問題に、社会も人々も答えが出せていないという現状を表しているのかもしれません。

 ただ、個人的には、犯人の優性思想的な考えを否定するのに、必ずしも論理的に反論する必要はないと思うんですよね。意思疎通は難しくても、戸惑いながらそこに生きている人々、戸惑いながらその生を慈しむ家族たちはいるということも、作中では描かれています。出生前診断は、確かに論理的には優性思想的ではありますが、少なくともそれを認めることが、生きている障害者を殺していいということとイコールにはならないと断言します。

 犯人の思想はロジカルに見えるだけで、その実は破綻している部分も大きいものです。効率性や数字を追い求めることで生まれた現代ならではの生きた感情の乗っていない思想でしかないと、個人的に考えています。

 そういう意味では、フィクションとして創られた今作には、犯人へのアンチテーゼをもっとしっかりと打ち出して欲しかったようにも思えます。問いかけ自体は現実の事件から受け取っているわけで、今更映画でさらに問いかけをして考えている場合ではないと思います。作中で描かれる惨劇は、直接的描写はなくとも、かなりの残虐性を感じさせるものだったので、致し方ないという部分を持って描かれているとは思えません。だけど、そうであれば、もっとしっかりとその惨劇を否定する要素を持ってもらいたかったように思えます。

 不気味に虫や蛇を使って不穏な演出をするのも、この作品テーマではマイナス効果ですね。類型的過ぎるし、そういうジャンルホラー作品ではないはずですよね。それならば、いっそジャンルホラーとして不謹慎な作品にしてしまい、犯人を陳腐な殺人鬼にしてしまった方が、暴力の否定になったかもしれません。

 その他、世間にいる嫌な奴描写も類型的過ぎるのは、石井監督の弱点かもしれません。現実にいないとまでは言いませんが、物語の装置的な役割になってしまい、どこかフィクションめいたキャラや場面になってしまうように感じられました。

 今作のテーマは、考えていくべきなのは確かですが、考えさせるのみで作品がどういう考えを持っているのは提示してくれていないように思えます。こちらに考えさせるのであれば、どう考えているか、もっとしっかりと明示してもいいように思えました。

 ただ、今作直後に早くも公開された石井監督の次作『愛にイナズマ』はブッチ切りの傑作だったので、今作に否定的な感想を書いたことは勘弁してもらいたいと思います。


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