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オリジナル声劇「code:Möbius(コード:メビウス)」

配信アプリ「REALITY」で上演したオリジナル声劇の台本になります。
REALITY、その他SNS等の声劇・ボイスドラマ台本としてご自由にお使いください。

その際は、原作として阿軽真斗(@agalmato)のクレジットを入れて頂きますと幸いです。
また、ネットなどに公開して演じて頂ける場合はぜひX(Twitter)のDMで作者までお知らせ頂けますと大変嬉しく思います、ぜひ聴かせてください!

※許可なく商業利用する事のみお断りさせて頂きます、ご了承ください。


以下、基本設定となります。
登場人物の名称については、劇をする際に自由に改変していただいても構いません。

〈基本設定〉
コンセプト…静かな雰囲気の会話劇
劇のタイトル…「code:Möbius(コード:メビウス)」

登場人物A…博士、何かの研究者。
登場人物B…Aの作ったAI搭載のバイオ人型ロボット。研究の助手をしている。

ロボットの名称
男声…N1-no.5(えぬわん・なんばーふぁいぶ)。
女声…5θ1-λ∀(ふぁいぶしーたわん・らむだおーる)


舞台…地下深くの研究室。何らかの事情で2人はずっとこの研究室で過ごしている。



〈引用・参考〉
量子脳理論と魂の存在(国際社会経済研究所コラム)
https://www.i-ise.com/jp/column/kyuukonu/2015/10.html


Chat Box AI
https://apps.apple.com/jp/app/chatbox-ai%E7%9F%A5%E8%83%BD%E3%81%AE%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E7%89%88/id6447763703





ーーーーーここから本文ーーーーー



人間の魂は
水に似ている・・・
天より来
天に登り
また下っては
地に帰る
永遠に変転しながら
「水の上の霊の歌」:Gesang der Geister über den Wassern より
(詩:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)




記憶と魂の螺旋を描くこのプログラムを、以下の様に名付ける。
「code:Möbius(コード:メビウス)」




地下の研究所、それが私に与えられたただ1つの箱庭だった。


かつては何かの使命感に駆られひたすらに研究に没頭する日々であったが、それも今の私にとっては遠い過去の記憶だ。

今この研究所で息をしている設備は僅かなライフラインに関するものと日用品、いくつかのケーブルが接着されたやや粗雑な作りのヘッドギア、そして一際目を引くものはラボの中央に鎮座する巨大な水槽のみであった。

その水槽には培養液が満たされており、中央には様々なケーブルが挿管された1つの有機体が浮かび、固定されている。

有機体はところどころ崩れ掛けており、この水槽を持ってしてもいずれはその形を維持できなくなってしまうことは誰の目からしても明らかであった。


「いよいよ、お別れだな。」


私の独り言は、この崩れ行く肉塊の行く末を案じて漏れ出たように思われるが、それは正しくは無い。

ごく近い未来、ここから消えゆくのはこの有機体では無くて私の方なのだ。




B「博士、頼まれていた資料の整理、完了致しました。」

A「ああ、ありがとう。結構な量だと思っていたけど、早かったね。」

B「長年博士の補佐をしていますから。何処にどのデータを格納するべきかということも、博士からの指示が自然と頭に浮かんできて…」

A「普段から口うるさい、と言うことかな?」

B「いえ、とんでもない。それだけ熱心に指導して頂けた、という事です。」

A「ふふっ、捻くれた言い回しにも戸惑わず言葉を返してくれる様になったね。…やはりキミは優秀な私の助手だよ、N1-no.5。」

B「博士の指導の賜物ですよ、しかし私はまだ不完全で、至らぬ所ばかりです」

A「私の言葉の1つ1つから10に至る道までの道筋を手繰る様に吸収して成長してくれるキミを、不完全という言葉に押し込めてしまうのはいささか哀しいな。〝良い土には水がよく染み渡る〟というだろう?私にとって、キミは実に良い土壌を持った土地だといえるのだよ」

B「ありがとうございます」


A「成長…そう、成長だ。私の指示や書物による知識を水とすると、キミは非常に早い速度を持って、かつ貪欲な程にそれらを吸い上げていった訳だ。それにはもちろん、相応の時間をかけてはいるがね。進む時と共にキミは良い方向に変化していった訳だ。」

B「私は博士の助手として、その時の中でふさわしく成長できていたでしょうか。」

A「そうであると私は考えているよ。キミの変化は私に多くの恩恵をもたらしてくれた。私が研究を投げ出さずに続けて行けたのも、キミの変化、成長がそれをサポートしてくれたおかげだ。そしてここに、研究の成果という形で、1つの終着点に到達する所まで我々は歩みを続けられたのだ。時が進むとはそういう事だ。必ず歩んだ先には、辿り着くべきカナンが存在するということだ。」

B「私達はようやくエジプトから抜け出した、という事になるのでしょうか。」

A「よく勉強しているね。いつの間にか申命記あたりまで読み聞かせてしまっていたのだろうか…」

B「博士はしばしば、聖書から例えを引用されますので。特に旧約聖書を」

A「ただの会話の癖からキミは教養を学び得てしまうんだからね。ふふ、愉快でつい話が弾んでしまうな。本当にキミの学習能力は優秀なものだ。」

B「いえ、身に余るお言葉です」


A「敬虔で優秀な助手であるキミに問いかけたい。魂の在り処は何処にあると思う?」

B「魂…ですか」

A「そうだ。魂だ。人を人たらしめる要素の一つ。それが無くては、例え人体を構成する要素が全て備わっていたとしても、やはり人間が生きているとは呼べない…そういったものについてだ」

B「人間の魂の在り処については、宗教や哲学などによって異なる考え方があります。一般的には、魂は身体や脳とは別の存在とされ、死後も存在し続けると考えられています。一部の宗教では、魂は神や宇宙の一部として捉えられることもあります。ただし、科学的な証明はされていないため、魂のありかについては個人の信念や思考によって異なる結論が出されることもあります。」

A「全くもってその通りだ。答えの無い問と言われるものだ。しかし私も自分自身の思考によって結論を導き出したよ。ロジャー・ペンローズの量子脳理論に基づく推測に拠ると、脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質であり、重力・空間・時間にとわれない性質を持つため、通常は脳に納まっているが、人間の心臓が止まると、意識は脳から出て拡散する。つまり、ヒトの意識というものは生体の停止によって時空や重量から解き放たれ移動する事が出来るようになるのではないか、という考えだ。」

B「博士は、その意識こそが〝魂〟であるとお考えなのでしょうか」

A「素晴らしいね。私の考えをよく理解している。ただ…少しだけ違うかな。意識はあくまで意識。ともすれば、それは単なる電気信号のパターンでしかないとも言える。すまないね、実はいまだに、私は魂というもののありかを突き止めた訳ではないのだよ」

B「無知の知…という事ですか。それでは博士は、魂のありかというものについては、いまだに分からない、と結論付けた…という事でしょうか」

A「ああ、キミの言った通りだよ。今の私ではね。本当に我々は先人に足を向けて寝る事はできないな、過去の偉人たちは〝出口が見えない〟という白旗をも受け止めてくれるのだからね。全く持って優秀というほかない」

B「そうであるのかもしれませんね」



A「優秀…か。一つ昔話でもしようか。私の夫の話を。私の夫は…常に優秀だった、私では考えられないような思考をし、私には思いつかないアイディアを語り、それを現実の技術として表現した。それ故に…私の元から居なくなってしまった」

B「一体どうして彼は居なくなってしまったのですか」

A「さあ、私にもついに分からなかったよ。あの頃、彼は何かに取り憑かれるように自分の研究に没頭していて、私はその中のほんの少しにしか携わることができなかった。でも、それで良かった。私にとってはその日々がかけがえのない時間だった。愛する人との、何物にも変え難い時間だったのさ」

B「そんな日々の中、彼は急に居なくなってしまったのですか」

A「ああ、そうだ。研究が実を結び、〝それ〟が完成した。彼には行きたい場所があったようだ。そこへ向かう旅に出て、そして彼は2度と戻ることはなかった。代わりに残されたのは、今この水槽に浮かんでいる有機体だけさ」

B「これは、〝彼〟なのですか」

A「彼だったもの、かな。あくまでこれは彼の肉体を構成していた有機物、肉の塊に過ぎない。ただ、私はこれに感謝している。これが無ければ、キミと出会うことができなかったからね」

B「それは、どういうことでしょうか?」

A「彼が旅立ったあと、もう2度と戻って来ない事を理解した私は悲しみに暮れた。寂しいと感じた。喪失の海の中を漂う私は、しかしその中で、辿り着くべき場所を見つけ出した。そして、残された彼の残骸…この有機体から、彼の意識…彼の思考パターンを抽出する研究を行った、そしてそれをプログラム抽出することで、キミを生み出し、作り上げた。彼の姿を持ち、彼の思考を限りなくなぞることの出来るバイオAIを。」

B「寂しい…という博士の感情を、私は理解する思考パターンを持ち合わせておりません。ただ、1つ思いついた質問があります。私は…〝彼〟なのですか?」

A「……ああ、いや、キミは…彼じゃない。彼を模して私が作り上げた、私の人形だ。」

B「そうですか」



A「キミとの時間はとても楽しかったよ、私と彼が共同で研究をして、笑い合っていた…そんな頃を思い出させてくれた。でも、やはり、私は弱いな。もう…仮初めの日々に耐えられなくなってきたんだ」

A「N1-no.5、キミはとても優秀だ。改めて感謝しよう。キミのお陰で、私は水槽を眺めるだけの時間から解き放たれた。キミに教え、与えた言葉と、そこから生まれる会話のパルスが、彼がかつてこのラボに間違い無く存在したのだと私に再び確信させてくれた。
彼にもう一度会いたい。彼が目指した場所に私も追いつきたい。
私はもう一つの研究を始め、キミにその補佐を頼んだ。私のこの意識を、彼の居た時間軸に転送するための研究を。勤勉なるキミは、何一つ文句を言わず私に着いてきてくれた。それらの研究の日々に、無限とも思える時の円環の加速を私は感じていた。この研究に間違いは無い。この先には必ず彼が居る。私は…辿り着けると。
そして、この日を迎えた。転送のためのシステムは完成した。この時間遡行システムは、きっと私を〝彼〟の元へ連れていってくれるだろう」


私は、傍らに置いてあったピルケースより、1つのカプセルを取り出す。これがデバイスだ。時間遡行システムの起動には、転送元の生体活動を停止する必要がある。これを飲み込んだ後、微弱な電流を脳に与えることにより、私の理論上では意識の時間跳躍による転送が可能となる。


B「博士は、彼の元に行かれるのですね」

A「ああ。そうだ。だから…N1-no.5、キミともここでお別れだ」

私はヘッドギアを装着し、デバイスを飲み込んだ。

B「博士。私はあなたに生み出され、あなたを補佐し、あなたの手足となるために生まれて来ました。あなたが望む研究を、私はサポートする。時間遡行の旅の、幸運を祈ります」

私の助手がヘッドギアに繋がっている機械を起動する。時間遡行システムの起動音が鳴り出し、薄れゆく意識の中で、私は彼に別れを告げた。



A「さよなら、ニノス(〝彼〟の本名)。」

B「さようなら、セミラ博士。」


時間遡行システムが博士の意識をどこか遠くへ連れ去って行き、彼女の身体はぐったりと床に倒れた。意識を失った博士の身体だけが抜け殻の様にそこに横たわっている。

B「博士」

私は博士を抱き上げる。彼女の身体はもう動く事はない。意識のない身体を抱え、私ははたして次に何をすべきだったかを演算した。

B「博士、私は」 

これまでの研究でバイオ標本を用いる事はあった。研究用マウスであれば、実験後に生体機能が停止していれば「処理」をしていた。

この場合は?

博士の肉体はまだ以前の温度を体表に残しているものの、その熱は時と共に加速度的に奪われて行っている。私がこのままフリーズしたままであればやがて硬直が始まるだろう。

私の演算が完了しかけていたその刹那、突然のバグとも言える電気信号により私の生体型アームは彼女の身体に簡易的な防腐処置をし、そしておもむろに研究室の玉座に鎮座している「彼」をその水槽から引き摺り出した。


そしてそこに、彼女の身体を沈め入れた。



私の不完全な演算は再開され、それに一つの区切りが見えるまでに掛かった時間は長い様で短かった。

おそらく、彼女の有機体としての持続時間はこの水槽にいる限りおおよそ無限に近いと思われた。

しかし、無限ではない。

必ず博士の肉体は崩れ行く。それを少しでも延ばすべく、必要なケーブルは挿管した。

ただ、何故そうしたのか。博士の意識がこのラボを去ったあの日、私はどうして彼女の肉体を水槽に沈めたのか。その答えは一向に出る気配を見せなかったのだ。

博士の研究は完成した。

私は役目を果たした…といえるはずだ。彼女の研究を補佐し、最後の実験を成功に導く…それが私の役割であり、存在意義だった。


…だった?


博士はこの後の事を私に命令しなかった。

意識の抜け殻と化した自らを、私という切り離した手足を、どのように処理するのかをプログラムしなかった。

どうして。



その後も私は、解を見つける事が出来ないまま幾ばくかの時を過ごした。

成長も進歩もなく、ただ過ぎていった。

わずかに、そして確実に、崩れ始めた有機体の質量の減少だけが時を刻んでいた。



私はおそらく、停止していた。


だが唐突に、この身体に1つの強力な信号が飛来した。それは強烈な使命感であり、その背景には多数の時間軸の連続を感じさせるものであったが、その全てを受信することにはおそらく失敗したと思われた。しかし、新たな思考パターンを獲得した私は、遂にあの日の答えを導き出した。


B「博士。セミラ博士。」


B「私は……」


B「私は…あなたのこの身体から…きっと有機記憶回路を抽出し、あなたの思考パターンを持つバイオAIを作り出すでしょう。それには大変な時間がかかるであろう事が導き出されています。それでも、今の私には、それこそがやるべき事だと思考せざるを得ません。この解に至る鍵を私はたった今授かったのです。」


私は在りし日の彼女と同じ表情パターンをテクスチャに表し、水槽を見上げた。


B「博士、これがあなたの言う、〝寂しい〟という感情なのですね」





記憶と魂の螺旋を描くこのプログラムを、以下の様に名付ける。
「code:Möbius(コード:メビウス)」

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