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『2020のゆくえ』


師走を迎えたばかりの深夜2時過ぎ、なかなかイタすに至らないことで有名な新宿のハプニングバー『白雪姫の泉』では、格安キャンペーンにも関わらず馴染みの客しか集まっていない。
卓を囲んで、店長のハーマ(少しだけ女性っぽい話し方)、ホステスのミヤコ、ディレッタントのリンクが話をしている。

ミヤコ:人、来ないんじゃない。
ハーマ:でしょうね。
ミヤコ:でしょうねって、こんなんで店がもつの?
ハーマ:新宿ん中じゃね。下手に感染者出したらアウトだし。
ミヤコ:あ、店長も強制検査させられたの?
ハーマ:はい。ミヤコちゃんもでしょ?
ミヤコ:したした。っていうか、うちはほとんど閉店状態だから。
ハーマ:あれま。格安キャンペーンやってもダメ?
ミヤコ:それな。むしろ単価上げてくほうで考えているみたい。うちは嬢ファーストだから。
リンク:なんだ?その、「じょう」ファーストって。
ミヤコ:あ、センセーが食いついて来た。キャバ嬢、風俗嬢ファーストのことだよ。
リンク:客がボラれそうだな。
ミヤコ:あー、そんなこと言って。うちは健全だから。不健全がウリだけど。
リンク:不健全って。。
ミヤコ:あ、怖いお兄さんが待ち構えているとかじゃないから。ある種怖いお姉さんが待ち構えているけれど。
リンク:ホントはおニイさんだとか?
ハーマ:あれま、ミヤコちゃん。実は男ぉ?
ミヤコ:違うから!怖いってのはホレ(両手首を誇らしげに見せる。リンクが殴られると勘違いし一瞬ひるむ)。なに避けてんの。殴るわけじゃないって。キャットファイトのために格闘技は習ったことあっけど。それよりホレ、よく見な。
リンク:なんだよ。タトゥーなんか二の腕だけだろ。
ミヤコ:違うって。だれが今更タトゥーを見せっかよ。あー、しばらくあたしもメンタル安定してたからな。
リンク:ああ、見えた!リストカットか。
ミヤコ:リストからアームにまでイッちゃってるよー。
ハーマ:それがウリってことね。
リンク:売り?これ目当てに客が来んの?わかんねー。
ハーマ:どんな人間にも需要はあんのよ。あ、これ、人間を解体してランプシェードやマントを作っていたりしたエド・ゲインって殺人者の名言。
リンク:怖いこと言わないでよ。で、なに、まさかそういう娘が多いの?いや、多いだろうけれどねえ。
ミヤコ:多いって言うか全員。
リンク:具合悪くなって来たな。なんて店だよ。
ミヤコ:メンヘラ専門Bar 『メンタルヘルズ』。
ハーマ:メンタルヘルスと地獄のヘルのダブルミーニングね。
リンク:「メンヘラ」って差別用語になんないの?
ミヤコ:なるから、自分たちで自分たちを訴えることにした。
リンク:なにそれ。あ、店長ウケてるよ。俺はちょっと笑えないねえ。だけど、いくら怖いもの見たさでも、さすがに今は客来ないよね。
ミヤコ:根性ないよね、みんな。
リンク:根性の問題と言うより、良識の問題だとは思うけれど、俺が言うことじゃないか。君も稼げないときにこんなところ来ている場合じゃないんじゃない。
ミヤコ:そこんとこは、うちの寮、ベーシックインカムなんで。
リンク:はあ?そんなに進んでるのか。
ハーマ:日本全体が遅れているんじゃない?
ミヤコ:ただそのシステムも、そろそろもたなくなっているかも。だから今から節約していて、飲みに来られるのもここくらいなの。
リンク:ここくらいって……あ、そうか。女性は安いのか。
ハーマ:飲み放題だしね。しかも格安キャンペーン中。
ミヤコ:ねえねえ。そういうセンセーこそなんなの?あんた、仕事してないんでしょ。理屈っぽいからFXとかも下手そうだし。なにやってんの。
リンク:言うねえ。
ハーマ:はーい、こちらのリンクさんは、ディレッタントだから。
ミヤコ:イミフ。たぶん死語。
リンク:高等遊民と呼んでもらいたいね。
ミヤコ:死語死語死語の世界。
リンク:ボキャブラリーの問題だね。
ミヤコ:意味ならどうせ分かるよ。YouTubeでもアフィリエイトでもFXでもボカロPでもないけれど関心だけはあるんでしょ。生み出してはいない人でしょ。
(ハーマとリンクが黙って顔を見合わせる)
ハーマ:この娘、教養はあるの。
ミヤコ:ちゃんと高校中退くらいはしておけばよかったとは思っているけれどね。
リンク:うは。
ハーマ:あ、ちょっと席外すね。
リンク:え?どこへ?
ハーマ:あ、ミヤコちゃんと盛り上がっていて。こっちもいろいろあんの。登場人物が多いと演者の技術じゃ、かみしもを演じ分けるのが大変、とかね。じゃね。
リンク:客を置いて行っちゃったよ。参るね。脚本家も、セリフの違いだけで誰が喋っているかが判るように書いてほしいねえ。しかし、なんだな。二人っきりってのも気まずいな。
ミヤコ:あたし勝手に飲むから関係なーい。センセーは帰る?
リンク:今時新宿で飲む気にはならないよ。ここがいちばんだ。
ミヤコ:いいこと考えた。センセーがあたしにお金を払って飲めば、キャバクラ気分じゃない?
リンク:なんだよその、キャバクラ気分ってのは。
ミヤコ:いいじゃん。メンヘラは封印するからさ。
リンク:いや、いいね。べつに、年も違うし、する話もないだろ。
ミヤコ:案外ツイッターとかで出会ってるかもよ?センセーがいちばん使っているの、ツイッターでしょ。あ、ドキッってしてる。図星だね。おっさんお得意のうんちくでも聞いてあげるよ。一時間5千円でどうだ?安いなあ。
リンク:俺はべつにうんちくを語ったりしないしね。それに何を喋っても死語と言われちゃかなわない。
ミヤコ:じゃあ生語について話そう。
リンク:なんだよ、それ。
ミヤコ:死語の反対。生後。いや、生前かな?
リンク:新語とか流行語だろうね。
ミヤコ:あ、それだー!
リンク:それこそどうでもいい話題だねえ。あ、ユーキャン新語・流行語大賞、あれの発表ってそろそろか?明日?あ、厳密には今日?あれさあ、まあ選考委員の好みがどうだのとかいろいろあるけれど、聞いたことのないようなのがいっぱいあるじゃない。2019年で言っても、ONE TEAMもスマイリングシンデレラも発表されるまではまったく耳にしたことはなかったし。逆に、オウム関連の言葉が流行ったときなんかもそうだったけれどいちばん流行った言葉が選考対象外になるし。もう少しも流行語じゃないんだよ。
似たようなので、日本漢字能力検定協会の、「今年の漢字」っていうのもあるけどさあ。あれも、どこが今年の漢字なんだって思うよ?今年の漢字って言うなら、もっと象徴的な字を使うべきでしょう?だけど国民って、象徴って発想ができないのよ。初回1995年の「震」は単なる地震だけじゃなく、国民中が様々なことで震え上がったという意味でとてもよかった。その後も「災」とか「新」とかは良かった。だけどなに、令和になったから「令」だとか、増税したから「税」って、それってよく目にした字っていうだけでしょ。ひどいのになると1998年和歌山毒入りカレー事件があった年なんか「毒」がその年の漢字になったよ?特定の場所とか特定の出来事やものしか表していないのは、日本も今年も代表なんかしていないよ。
ミヤコ:……
リンク:……
ミヤコ:うんちくだ。
リンク:……あ、いや。それは聞かれたから答えただけで。
ミヤコ:あたし聞いたっけな?じゃあさ、そこまで言うなら今年の流行語とか当ててみなよ。
リンク:だから今言ったように、当てても仕方のない流行語だって。
ミヤコ:いいから。
リンク:まだ今年は終わっていないし。
ミヤコ:いいじゃない。
リンク:いいって。
(客の空気を見て、ウケる間はこれを繰り返す)
リンク:いいってば。
ミヤコ:……(ものすごく恐ろしい形相になって)このほーるにちがながれるのをみるまえにいったほうがいいんじゃないっすかねえ。。
リンク:(ものすごい甲高い声で)イイマス!(反対を向いてボソリと)血が流れるって、どっちのだ?
ミヤコ:(ニコっとして)結構ね。何か言った?
リンク:いえ。まあ漢字なら「禍」だろうけれど(筆で書く動作)
ミヤコ:あ、それ「うず」って読むんじゃないんだ。
リンク:とにかくまた、誰も聞いたこともないような流行語が出てくるんだよ、どうせ。
ミヤコ:じゃあさ、自分で作ればいいじゃん。真の流行語大賞とか作ってツイッターとかで広めればさ、ユーキャンを倒せるんじゃないの。
リンク:うーん、それはちょっと面白いかもしれないとは思った。やる気はないけれど。
ミヤコ:いいじゃん、いいじゃん。で、じゃあネトウヨバーを開いて披露しなよ。
リンク:あのなあ。俺は右でも左でもないよ。なんだよそのネトウヨバーって。
ミヤコ:発表は後で考えるとして、はい。今年の言葉。代表する言葉だよ。オリジナル。
リンク:いやあ、そんな……
ミヤコ:いいじゃん。
(ウケる間、繰り返す)
ミヤコ:(恐ろしい形相になって)くうきのよめないやつはいっそくうきをすわなくてもいいんだってのがわかりますかねえ。。
リンク:ハイイ!ええーっと、ええっと、なんだ。助けてくれ、なんだ。
ミヤコ:(聞こえないくらいの小さい声からクレッシェンドで)えらそうなこといっててそんなこともいえないのかいしんやのしんじゅくのはぷにんぐばーなんかにたすけがくるとでもおもっているですかあ。。
リンク:だ、だから。「助けて」っていう、その、SOS、そうだ!今年の、2020年の言葉はSOSだ。
ミヤコ:キョトンとして)SOS?
リンク:そうだよ。そういうこと。それがみんな思っていることじゃないか。そうだろう?広くいろんな人がSOSだな。(ボソッと)今は俺だけど。あ、いやいや。えーとそうだな、主に4つある。
ミヤコ:4つ?言ってみて。
リンク:(顔色を伺いつつ、安心しつつ)まず医療関連、これは当然SOSだ。
ミヤコ:それはあたりまえでしょ。
リンク:そうだね、患者さんも、患者さんに関わる医療現場の人。治す人とか検査する人も含めてだな。これが1つめ。
ミヤコ:ふんふん。ちょっと書いておこう。SOS。
リンク:あとは、経済的にダメージを受けている人。企業とか、お店とか、働く人とか。
ミヤコ:ふたつめね。SOS,SOS♪
リンク:あれ?今なんか踊った?ミーとケイが見えたような。君っていくつなの?
ミヤコ:(キャラ変)おめえそんなことをきいているばあいなんですかここはどこですかいきていていいですか……
リンク:ぎゃああ!年齢はいいです。ええっとお、SOSね。家にいて出られない、テレワークとか学校休みとかでこもって大変、って人。これだって病気にかかるほど大変じゃなくても、悲鳴をあげていた。
ミヤコ:うん。SOS、と。
リンク:最後は、オリンピック関連だ。政治家も、選手とかも。
ミヤコ:SOS、と。ほう、これで4つか。
リンク:つまり、流行った言葉ではないかもしれないけれど、国中のいろんな人が思っている言葉っていうことで共通するのはSOSじゃないかな。。。(チラ見)
ミヤコ:ふむ。ふむふむ。。。。
リンク:(チラ見)
ミヤコ:ま、こんなとこかな。
リンク:え、いや。あの。。結構よく考えてない?
ミヤコ:ひねりが足りないかな。
リンク:いや、でもさ、今年は、、、いや、はい。
ミヤコ:だってこれ、主に東京の話だね。これも東京、東京。
リンク:え?あ。。
ミヤコ:地方はどちらかというと、SOSより、あっち行け!って思いのほうが強いんだよね。だから今年の言葉は、そういう意味でもGoToでいんじゃない?
リンク:あああ……(論破されて突っ伏す)

     *           *             *

ハーマ:おまいさん、起きとくれよお。
リンク:(急に起きる)うわああ、殺さないで!
ハーマ:はい、お疲れ。もう朝だよ。しかも師走。
リンク:もー、てんちょー。あの娘なに。もう勘弁してよ。なんでいなくなるの。
ハーマ:かなり楽しんだようね。
リンク:ふたりきりにしないでよ。どういう店なんだよ。
ハーマ:ふたりきりになって人に言えないようなことをいたすお店ですけれど(笑いがこぼれる)
リンク:恨むよ。
ハーマ:ミヤコちゃん、できる娘でしょ。でもセンセーも大したもんだって褒めていたよ。
リンク:上から目線で言われてもね。俺はあの娘にボロクソに打ち負かされたんだよ。だからそりゃ嫌味だよ。言葉遊びでは、一枚も二枚も向こうのほうがセンスが上さ。
ハーマ:そう?だって、センセーはダブルミーニングを見事にやってのけたって言っていたよ。最近ダブルミーニングとかトリプルミーニングとか流行ってんだって。新宿で、暗号とかが解ける人たちが密かに集められているとかなんとかで。
リンク:え?どういうこと?あ、これ、ミヤコの書いていたメモ。

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ハーマ:TOKYO 505 を4つ集めてTOKYO 2020にするとはまったく思いつかなかったって、そりゃ感心していたよ。
リンク:感心していた?
ハーマ:尊敬するって。
リンク:マジ?店長、あの娘の働いている店どこにあるのか、教えてくんないかなあ。

Ver 1.0 2020/8/6





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