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第8回 エレキの若大将(1967・東宝)

 私個人がやさぐれた昭和の邦画が大好きなのでそっち寄りになりがちですが、ここいらでちょっと軌道修正をしましょう。今回は80過ぎても若大将、加山雄三が本当に若かった頃の代表作『エレキの若大将』でお楽しみいただきます。

 加山雄三演じる若大将田中邦衛演じる青大将ャンパスで珍騒動を起こしつつ星由里子演じる澄子と最終的に結ばれる、東宝らしさあふれた牧歌的で上品な、それでいてちょっとネジの緩んだ(誉め言葉)青春活劇です。

 見逃されがちですが、BL的に見ると美味しいシリーズです。本マガジンはタブーなき映画レビューを目指します。

エレキの若大将を観よう!

 Amazonで有償配信されていますが、あとはU-NEXTで配信されているだけです。しかも残念ながらシリーズ通してではなく歯抜け配信です。

真面目に解説

東宝らしさ

 昭和40年代当時、日本映画界は映画会社と各映画館が独占的に結びつくブロックブッキングという仕組みがまだ生きていました。

 すなわち、東映の映画はあそこの〇〇座へ、松竹の映画はあっちの△△キネマへ、という風に「あの映画館はあの会社の映画」と決まっていたのです。

 そこで映画会社はそれぞれが独自色を出すことで棲み分けを図りました。猫も杓子もF1層に群がる昨今とは真逆のアプローチです。

 ひたすら下品と暴力にまい進したのが東映、最後まで時代劇に力を入れていたのが大映、歌舞伎や新喜劇を抱えるだけに文芸映画や人情劇に強みを見せたのが松竹、オサレな不良映画を諦めてロマンポルノで勝負したのが日活、そして今回の主役の東宝が取ったのがファミリー路線でした。東映より過激な新東宝なんてのもありましたが。

 まさか『脱獄広島殺人囚』を家族連れで見に行くことはできません。クレージーキャッツや森繁久彌、ドリフターズ(これは松竹と折半)といったところをメインに起用した馬鹿馬鹿しい喜劇、あるいは『ゴジラ』のような子供の喜ぶ特撮に力を入れ、日曜日に家族でのんびり観に行けるようにというのが東宝の狙いでした。

せめてなりたや中流階級

 また、東宝は阪急グループということもあって、一等地に直営の映画館を多く抱えていたことからも、中流階級をメインターゲットに考えていたのが伺えます。

 例えば森繁久彌のダメ社長がひと騒動起こす「社長シリーズ」、植木等が島耕作のごとく無責任にサラリーマンとして出世していく「クレージー映画」などが若大将シリーズと並ぶ東宝の看板でしたが、当時はサラリーマンはまだまだエリートというべき存在でした。

 若大将シリーズはその最たるものです。加山雄三の若大将は京南大なる大学の学生ということになっていますが、モデルは明らかに慶応大学です。当時の慶応ボーイなどは特権階級に他なりません。

 もっとも慶応ボーイの生活水準はいつの時代も高止まりで大差ありませんが、逆に蕎麦屋や楽器店の店員はゾッとするような待遇であったことが伺えます。それが高度成長期の現実だったのです。

 しかし、当時の庶民にとって東宝の映画は現実味はないですが憧れを抱かせるものでした。当時盛んに輸入されたアメリカのドラマと同じです。肉とアイスクリームが無尽蔵に入った冷蔵庫や血統書付きの大型犬に子供たちは憧れたし、大人もいつかは芝生の庭のある大きな家や大きな車を手に入れてやると息巻いた、そういう時代の映画です。

若くなくても若大将

 また、東宝の映画シリーズは他所に比べて長く続いたのも特筆事項です。『社長シリーズ』なんて33作も作られました。寅さんに破られるまで世界記録であったそうです。

 役者や裏方に対しても東宝は面倒見がいいというのは当時を知る映画人の証言からもうかがえることです。そういう会社ですから果たして若大将シリーズも17作も作られました。

 本作は6作目ですが、当時の加山雄三は28歳、青大将を演じる田中邦衛に至っては33歳です。これはつまり、学生で通すには無理があるということです。

 そこで東宝は力業に出ます。11作目で若大将たちを卒業させてしまったのです。以後社会人編に突入してシリーズは延命しました。今でも美少女しか出てこない四コマ漫画で盛んに使われる手法ですね。

やっぱり全部同じ話

 17作ありますが毎度いつも通り全部ストーリーは同じです。若大将はすき焼きやの倅で、何かしらスポーツをしており、青大将のトラブルの尻ぬぐいや星由里子との出会いを経て勘当され、なんだかんだ丸く収まって万々歳となります。

 特に勘当は全作独立したストーリーにもかかわらず「年中行事」と言われる程恒例化しています。そして毎回許されるのです。

 落語の世界でもしょっちゅう破門だ破門だという師匠は案外本当に破門にしないというのはよく聞く話です。そういう意味ではリアリティがあります。

体育会系の闇

 スポーツのチョイスが印象的です。ヨットやモータースポーツなど金持ちしかできない物、ボクシングや柔道といった当時の花形スポーツ、逆にサッカーやフェンシングといったマイナースポーツまでバラエティに富んでいます。

 今作ではアメリカンフットボール(当時はアメリカンラグビーと呼んだ)でした。今でもラグビーと区別が付く人はまれなのが日大の騒動で知れましたが、当時はアメリカ映画に出てくる謎の儀式という認識でした。

 早慶戦というのに客入りが寂しいのが当時のフットボールの評価の全てです。そして細かいディティールが極めて雑です。ルールを知っている人を探すのも困難だったことが伺えます。

 一方、部員で中心選手である青大将が飲酒運転で事故を起こして若大将に替え玉出頭をさせても、クラブでけんか騒ぎを起こしても停学程度で大したお咎めがないのが時代を感じさせます。今なら一つだけでも廃部でしょう。女風呂を覗いた程度では警察さえ出てこなかったのは想像に難くありません。

憧れのエレキギター

 エレキギターは今や小学生でもお年玉で買えるようになりましたが、当時のエレキギターの価格は国産で大体5万円前後。ギブソンやフェンダーならその何倍です。

 一方大卒初任給は3万円程度でした。そして大学進学率は20%、高校進学率さえ80%に届きません。エレキギターは社長のバカ息子しか買えない途方もない贅沢品だったわけです。

 "エレキの神様"寺内タケシが演じる蕎麦屋の隆が若大将に弾いてみろと言われて大喜びするのは決して大袈裟ではなかったのです。あんな無茶苦茶上手いのは全くリアリティがありませんが、全盛期の寺内タケシの演奏が聴けるのは貴重です。

 日本のバンド文化(当時はグループサウンズと呼んだ)の移ろいが伺えるのも興味深い点です。まず目を引くのは皆ブレザーであることす。今時あんな格好のバンドは見かけません。ビートルズの影響が強かったのが明らかです。

 勝ち抜きエレキ合戦なんてものが行われたのも時代です。ちなみに司会の兄ちゃんは内田裕也です。当時からロケンローしてた割に腕前は拝めなかったわけです。逆にロケンローですが。

 ともあれ、加山雄三が本当に歌とギターに優れていたのがこの映画の当たった要因でした。名曲『君といつまでも』『夜空の星』は今作で世に出たのですから。

世代間闘争

 若大将の実家である田沼家の存在が東宝らしさを際立たせています。

 のんき者で遊び好き、昭和生まれの若大将と、毎回マネージャーの江口(江原達怡)とデキちゃう妹照子(中真千子)に、堅物の大正生まれで気苦労の絶えない父久太郎(有島一郎)、新しい物好きでぶっ飛んでいる明治生まれ祖母りき(飯田蝶子)とうまい具合に年号で世代が分かれています。

 今や大正生まれの人さえ探すのは困難ですが、本当にこんな感じでしたし、この手法は媒体を問わず当時盛んに用いられたものでした。

 とりわけおばあちゃんが実にいい味を出しています。ナチュラルに修羅場をくぐって来た世代だけに無駄に心臓が強く、孫にべったりです。久太郎が文句を言うと「これだから商業学校は」とナチュラルに学歴差別をかまします。親がそれを言うのかよという話ですが。

魔性の女星由里子

 シリーズ前半のメインヒロインは毎回星由里子演じる澄子です。ボンボンの若大将に対して既に社会に出て働いていますが、この人とっても可愛いですがかなりの肉食系です。

 というのも澄子は大変に嫉妬深く、若大将を勝ち取るために手段を選びません。今風に言えばヤンデレの気があります。

 ライバル(大抵お嬢様)が若大将に接近すると嫉妬に狂って露骨にいじけまくり、自分に惚れていることを知りつつ青大将を利用して若大将に接近して巻き返しを図り、最後は試合会場にトラック野郎の一番星よろしく青大将に道交法無用で車を走らせて駆けつけてハッピーエンドとなるのです。

 ああいう女性に惚れられるのは男の本懐でありましょうが、ああいう女性は往々にして他の女性に嫌われます。星由里子当人もあまり澄子のキャラ造形が好きではなかったそうです。

 しかし、意中の男をお嬢様から勝ち取る職業婦人澄子の姿に溜飲を下げる女性が一定数居たのも事実です。

負けヒロインの美学

 さて、澄子の思いに反して金持ちでいい男で度を越したお人好しでついでに極度の大食いである若大将は女にモテモテです。

 毎回金持ちのお嬢様に惚れられてたじたじになりますが、その様に澄子は嫉妬の炎を燃やすわけです。

 しかし、このシリーズは所謂負けヒロインであるお嬢様が魅力的です。今作は北あけみ演じる路子。ファッションモデル出身だけあってとってもスタイルが良く可愛いのです。今作に限ってこの人のお約束の水着シーンがないのがまったく残念です。

 対バンの知人でしたが、エレキ合戦に優勝した若大将に財力と強引さで接近し、若大将が勘当されてプロのバンドマン(しかもブルージーンズの面々と!)となって自分の親のホテルに出演するというタイミングで一馬身くらい差を付けます(馬でデートしてたし)

 ここで澄子は旅行をしようと持ち掛けてきた若大将を利用して若大将を追いかけるのです。青大将を踏み台にするのは澄子の常套戦術です。そりゃあ富良野に逃げるのも当然です。

 追いかけてきた澄子に『君といつまでも』を贈るので若大将の方も気が合ったのは確かでしょうが、若大将はお人好しなので路子が迫ってくると断れないのです。この煮え切らない態度が澄子を悪女として際立たせ、当てつけに青大将に思わせぶりな態度を取り事態を混迷させることになってしまうのです。

 一方路子は最初から若大将一筋で手段を選ばない姿勢が明白なので潔くあります。スポンサーという地位を利用して青大将と澄子を引き剥がし、ついには父親(上原謙!)を引っ張り出して娘を貰ってくれと頼ませますが、若大将は「好きな人が居る」と拒絶します。ここで彼女は差し切られて敗北が決定的となるのです。

 しかし、澄子の方はいじけて何故か路子に日光から失踪宣言の手紙を出しますが、フットボールの試合を放り出して捜索に来た若大将に助けられます。なかなか陰湿です。

 路子がいい女ぶりを見せるのは、澄子を探しに行った若大将を追いかけて、試合に間に合うようにヘリコプターを手配して会場まで送ってくれるところです。ディオン・サンダースというNFLと大リーグの二刀流をやっていた選手がヘリコプターで会場を行き来する荒業をやっていましたが、時代を先取りしています。

 そしてスタンドで澄子と並んで若大将を応援するのです。しかし、その後の祝勝会には姿がありません。何と潔いのでしょうか。

 想い人を取った女と取られた男の為にここまでしてくれる女が世間にどれほどいるでしょうか?だから私は絶対路子の方がいい。

BL的に解説

アメフトとゲイ

 そもそもアメフトがホモ臭いんです。ガチムチの野郎どもがピチピチの服を着て激しくぶつかり合うスポーツです。日大の問題のコーチがホモビデオに出ていたという醜聞はすっかりおなじみとなりました。

 また、あの世界の慣習として、出演者がアメフト部と身分を偽ることが多いのはその筋では有名な話です。全ての始まりになった大リーガーもそうしました。

 ポジションによってどんな体格でも存在し得るという利便性もそうですが、ゲイにとって魅力的なスポーツであるのもまた事実なのです。

 また、男同士の絆が強調されやすいスポーツでもあります。フットボールを題材とした映画は大変に美味しい物が多いので、追って紹介していきます。

 そして一フットボールファンとして腐女子の皆様にお伝えしたいのは、ぜひともBSのNFL中継を見てフットボールを学んで頂きたいということです。私くらいになるとポジションを表すアルファベットだけでご飯三杯いけます。

 実際NFLの世界には腐女子悶絶物のカップリングが沢山あります。アイシールド21だけでは損です。ホモフォビアの多い世界ですが、それが逆にそそるのです。

そもそも加山雄三が…

 古くからそういう疑惑があります。これまた古くから疑惑のある東洋の大巨人と借金のカタとして光進丸で絡む写真(合成写真でしたが)が出回ったこともありました。そう考えると数々の名曲も意味深に聞こえます。

 残念ながら写真の実物にお目にかかったことがないので攻め受けは決めかねますが、いずれにしてもそういう噂が立つ人物であることはBL的映画鑑賞には欠かせないファクターです。

青大将×若大将

 いささか絵面が強烈ですが、これは大いにあり得ます。若大将はほとんど病的なまでのお人好しですが、青大将はわがままに育てられたバカ息子です。

 そして青大将は何でも自分より出来てしまう若大将に嫉妬しつつも二人は腐れ縁というべき友情を崩しません。そう考えるとBL的には非常においしい組み合わせと言えます。

 そもそも、いくら親友だからと言って、交通事故の身代わり出頭など引き受けますか?しかし、二人の間に友情でなく愛があったとすればそれは十分な説得力を持ちます。

 そして青大将は思わせぶりな態度を取った澄子を手籠めにしようとしますが、そこへ若大将が馬で駆け付け、必要以上に密着した取っ組み合いと殴り合いの喧嘩末に阻止します。

 それで説得されてお預けを食ったというのにあっさり収まってしまう青大将。二人の友情を物語るエピソードですが、本当にそれだけで収まるでしょうか?

 金持ちのボンボンが女遊びに飽きて男に走るというのは二丁目では定番コースの一つとされています。青大将はそろそろ男を知る年頃というわけです。

 そもそも、田中邦衛は極めてBL力の高い役者であります。『県警対組織暴力』でのガチホモヤクザを筆頭に非常にホモ役に強い側面があるのです。

 その一方、若大将は頼み込んだらヤらせてくれそうなところがあります。二人が夜のフットボールに興じるのは自然な流れです。

 若大将のどっち付かずの煮え切らない態度も青大将への未練と考えれば説明が付きます。ゲイも結婚しないわけにはいかない時代でした。偽装結婚に関する悲話は古い薔薇族を紐解けば腐るほど見つかります。

 実家を援助してくれる金持ちでとてもいい女の路子よりも、財産を持たない澄子を選んだのも偽装結婚には丁度いいという計算だというのなら合点がいきます。偽装結婚の相手に恩を作るのは賢明とは言えません。

 しかし、若大将と青大将がそういう仲だと知ったら澄子は包丁を持ち出しそうでもあります。

若大将×隆

 音楽界震撼の組み合わせに挑みます。震撼しないかもしれませんが。

 エレキギターが金持ちのおもちゃであったことは話しました。隆のような蕎麦屋の出前持ちには決して手が出ない高価な品物だったのです。

 それを隆は思いがけず若大将の厚意で手に入れることができ、プロミュージシャンとしての道が開けました。ともすれば隆にとって若大将は恩人です。そこに厚意ではなく好意があったとしたらどうでしょうか?

 作中若大将は「君といつまでも」のレコードを出した金で実家を再興させます。今後もプロとして隆と活動していくのです。

 全国ツアーが成功裏に終わった夜、澄子の相手に疲れた若大将は隆に迫ります。「誰のおかげでここに居られると思ってるんだよ?」と言われれば断れません。そう、セックスアンドロックンロールです。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します。

映画会社のカラーシリーズ
『座頭市物語』(1962 大映)
『拝啓天皇陛下様』(1963 松竹)
『南国土佐を後にして』(1959 日活)
『実録外伝 大阪電撃作戦』(1976 東映)
『地獄』(1960 新東宝)

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