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【短編小説】逆ナンのすゝめ 第10話(最終回)

   第10話

「きみたち、可愛いねぇー!」
 二人組みの女の子は驚いて目を合わせ、弾かれたように大笑いしながら俺の横を通り過ぎて行った。

「ちょっと、待ってよー」
 呼び止める声が虚しく響く。

 あれから一週間、すっかり不調だ。
 俺は歩道と車道の境にある手すりのようなガードレールのような、銀色のそれにもたれかかった。ぼんやりと街を見回す。

 通り過ぎる人影に、はっと目を瞠り飛び上がる。しかし、驚いたようにこちらを見返す顔には、まったく見覚えがなかった。目で謝り、もう一度手すりにもたれる。

 気がつくといつも、黒髪ストレートの女の子を目で探していた。
 それ以外は、茶髪も、ショートも、ウェーブも、全部同じのような気がした。顔まで同じに見えてくる。これって、なにかの病気かな。

 時計に目をやる。そういえば腹がへった。メシでも食いにいくか。

 重い腰を上げる。ふと、正面から黒い髪をさらさら躍らせながら女の子が歩いてくるのが見えた。たくさんの女の子たちの中、誰とも違うたった一人の女の子が、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる。

「こんにちは」
 ちはるがそう言って、俺の目の前で止まった。
「やあ」
 俺は言葉が見つけられず、ぎこちなく手を上げた。

「元気?」
「はい、おかげさまで」
 ちはるが笑顔で言った。
「その節は、お世話になりました」と頭を下げる。
「これはこれはご丁寧に」と、俺は慇懃に腰を九十度に折り曲げた。ふっと彼女の口元から笑いがもれる。こちらもにやりと笑いを返した。

 ちはるは少し躊躇ってから、
「これ」
 後ろ手に持っていたものを見せた。絵葉書だった。ちはる宛ての。
「沙都子さんから届いたんです。『あの時のオスカーくんによろしく』って」
「え、オスカーくんって……」
「ばれてたみたいです、偽の恋人って」
 ちはるが苦笑いで俺を見上げた。

「マジで?」
 沙都子さんの笑顔を思い出す。『お幸せにね』と言った彼女の声がよみがえった。『二人とも、お似合いよ』

「こっちが騙された」
「ホントですね」
 ちはるがくすくすと笑い出す。俺は額を掻いた。

 彼女がふと真面目な顔になり、
「あの日、電話があったんです」
 思い切ったように話し出した。

「電話?」
 とおうむ返しに尋ねた俺に、ちはるは下を向いたまま、

「はい、うちの親から……今日は、彼の命日だろうって」

「え、ホント?」
「驚きました。ちゃんと覚えていたんだって」
 ちはるの声が消え入りそうになる。

「それですべて許せるというわけじゃないですけど、でも……」
 そう呟き、髪を耳にかけた。

 ちはるの顔は固い。けれどもそれは、緩まないように無理に引きしめているからなんだ。
「魔法、かけましたよね」
 こわばった表情は、とびきり素直な彼女の心を表しているような気がした。

「魔法?」
 ええ、と彼女が頷く。
「すぐわかりました。これはきっと、海斗さんの魔法だって」
 言いながら、ちはるが俺の隣に立ち、同じ格好で街に目を向ける。

「だって海斗さん、いつもこうして、街行く人に魔法をかけてるから」
 ちはるがそう言って笑う。俺はなにも返せず、笑いを噛み殺した。

 魔法? かけたのはどっちだよ。

「よろしければ、ごちそうさせて下さい。ご一緒にランチはいかがですか?」
 ちはるが言った。彼女からの、二度目の逆ナン。

「よろこんで」
 と俺は大きく伸びをした。春の日差しが心地いい。

 その日その時の、奇跡的な出会いを大切に。ナンパの神さまはいつもそう言っている。

                               おわり

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