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雨を止めて!  ~帽子のおじちゃんゲストのはなし~

はじめに


こんにちは! 私の体験をエッセイ風に書き始めて1ヶ月が経ちました。
こうやって10年前の記憶を掘り起こして書いているわけなのですが、びっくりするのは一つ一つの思い出がとても鮮明に今でも浮かんでくるということです。
船に乗ったことがある方には懐かしく、まだ乗ったことない方にはDCLに興味を持っていただきたいと思って書いているつもりでもあります。
お楽しみいただけておりますでしょうか? 
さて、
ディズニークルーズでは、ゲストに何かお断りを伝える時にも、ダイレクトにノー!とは伝えないことになっています。
ノー!と直接的にお伝えする代わりとなる言葉や、ゲストにとってより良い解決法を提案することが求められていて、それは常に面白いとんちを考えているような日常でした。
今回の話は、
私がDCLワンダー号でのナッソー寄港時の朝、豪雨でゲストは外に出ることができない状況下でのエピソードです。

ゴーゴー降る雨


年間を通して雨が降ることは稀なのですが、年に数回は豪雨で目の前の視界が曇るほどゴーゴーと雨が降り続ける日があります。
そうなると、ゲストは寄港地に着いても船で食事をしたり、映画を見たりと船の中でのアクティビティを楽しまれます。
このような状況下であれば、わたしたちクルーもゲストの方々に楽しんでもらえるよう、より一層元気に対応したり、ランチオフをカットしてでも全てのレストランのランチをオープンしたりします。
私もこの日はDeck 9のブッフェのデザートラインで働いていました。
デザートの前でゲストがデザートを覗きにいらしたら、
「どのデザートにしますか?お取りしますよ!」
と、声をかけてデザートを取り分ける仕事です。

ディズニークルーズのブッフェは、
クルーにより楽しく語り掛けられながら食事のサービスがされます。


Deck 9のブッフェのデザートラインのそばには、
プールサイドの外に出るドアがあり、私はそのドアの窓から外の様子を見て心配して眺めていたりしました。

「あ〜あ…これは止みそうにない雨だなあ。
私のランチオフ無くなっちゃったから、次のタイムオフは3日後だなあ。」
….なんてさ、頭の中で思いつつ…
雨はザアザア… 私はしくしく。

そんな時、
帽子を被ったおじちゃんゲストが私の方に向かってきました。

プーさんの帽子

「こんにちは!デザートいかがですか?」
と、その帽子のおじちゃんゲストに声をかけてみました。

しかし、帽子を被ったおじちゃんゲストは、プールサイドのドアから外を眺めて、とっても険しい顔でしかめていて、窓をじーっと見つめています。

そして、突然、私に話しかけました。

"Excuse me! 
Can you stop this rain? "

と…. なんと!
「この雨を止めてくれないか?(オコ)」

と、私に質問されたのです。
そんな…無茶だよぉ。。。

しかし、ディズニーのサービスコードで、Noとは言わないので、
どう回答をすべきかとても悩みました。
Noとは言わず、諦めず、どうこちらのゲストをハッピーにすることができるか、目の前に大きなチャレンジが挑まれたようでした。

「そうですよね、早く止むといいですよねえ…」
と、
本当になんてことない面白みもない言葉でしか、声をかけることしかできなかったどうしようもない私。お洒落な言葉が英語で思いつかない。

すると、さらにゲストは、
「外に出かけたいんだよ!この帽子を被って!
今日は絶対外に出たかったんだ!」
と、
外に出たいとずっと大きな声で主張し続ける帽子のおじちゃんゲスト。
お顔は真っ赤です。
しかし、それはどこか怒っている風ではなく、少し悔しそうなお気持ちでいらっしゃることを察しました。

そこで、
私はそのおじちゃんゲストの被っている帽子をじっくり観察してみることにしました。
それはこんな帽子。↓

プーさんファミリーのサインが刺繍されてる帽子。
(何も見ずに描いたので、プーさんファンの方、ごめんねw)

そして、私は、そのプーさんの帽子について褒めることにしました。

Aiko:
「わあ!!
この帽子、プーさんのファミリーのみんなのサインの刺繍がしてあるんですね!
イーヨーもティガーも、みんなのサインがついていて、とーっても可愛いですね!」

ゲスト:
「そうなんだよ!これは妻がプレゼントしてくれた帽子なんだ。とっても大事なものなんだよ。」

Aiko:
「本当に素敵な帽子ですね。
サインがとっても可愛い!
あれあれーっ!
でも、ここにはAikoというサインがまだないみたいだけど。ふふ」

と言ってみました。

とにかくゲストをなんとかハッピーにできないものか、私は必死でした。
私のサインがこの帽子にないよ〜。っという冗談を伝えてみたのです。

するとゲストが、ぱあ〜と顔が変わり、目を丸くして、

「Aiko! ありがとう!それはとってもいいアイデアだね!」
と言い残し、
このレストランを後にしました。

それから雨は止まないものの、
ランチ時間が終了し、デザートブッフェを綺麗に片付けて、
自分のキャビンに戻りシャワーを浴びて、ディナーのコスチュームに着替えて、ダイニングルームに向かいます。

特別な帽子

ディナータイム。
セカンドシーティングゲストのサービスを終え、片付けを始めていた時、ヘッドサーバーが私を呼ぶ。

「Aiko、こちらのゲストがAikoを探してたんだよ!」

なんとそこには帽子のおじちゃんゲストと奥様がいらっしゃいました。
そして帽子のおじちゃんゲストはこう言いました。

「Aiko、見せたいものがあるんだ。」

帽子のおじちゃんゲストが背中に何か隠しているのが見えました。

「みて!!!」

それは、カラフルなサインペンの文字がぎっしり描かれている、白いDCLのロゴ付きの帽子でした。

「あのレストランのランチの後ね、
僕はお店でこの白い帽子とカラーペンを買ったんだ。
それで、
船中のクルーにクルーの国の言葉でサインをしてもらって、集めたんだ!
それでね、
ここ!
この空白のスペースは君の場所だから、君の国の言葉でサインしてくれるかな?」

私はびっくりしました。
ゲストはあの後、船中のクルーに会うたびに、世界中の国の言葉でサインを集めていたのです。
それは私がただ、
「プーさんのファミリーのサインはあるけど、私のサインがまだないみたいだわ」
と小さな冗談を述べたことから始まったことです。

私は、
[ありがとう、愛子より]
と帽子に赤色のサインペンで書きました。

そして、仕上がった帽子は、おじちゃんゲストより奥様にお姫様のティアラ帝冠式のように帽子を被せられ、奥様はとても嬉しそうでした。

「Aiko、このクルーズをスペシャルなものにしてくれてありがとう」

そう言い残され、ダイニングルームを後にされました。


帽子は奥様との思い出

それからしばらく経って、ダイニングルームマネージャーのダニエルが私の元にやってきました。
手には1枚のコピー紙を持っています。

「Aiko、君はすごいよ!」

ダニエルはそのコピー紙を私に見せました。
それは、あの帽子のおじちゃんゲストが、陸の本部のディズニークルーズ事務所に送った手紙でした。
その手紙は、このように書かれていました。

帽子のおじちゃんゲストは、10回以上ディズニークルーズに乗船されている常連のお客様でした。
しかし、奥様はご病気で、クルーズに来ることは今回が最後になると書かれています。
そこには、クルーの名前と、思い出がたくさん書かれていて、私の名前もありました。

アイコは、私に素晴らしいアイデアをくれた。
クルーのサインでいっぱいになった、世界でたった一つの帽子を妻にプレゼントすることができた。
これは一番の思い出になるだろう。


この手紙から、
なぜあの雨の日に、奥様からプレゼントされたプーさんの帽子を被って外に出られたかったのか、その深い意味に触れることができました。
きっとこのクルーズが奥様との思い出の最後となるかもしれない、だから奥様と一緒に、その帽子を被って出かけられたかったのだと気づいたのです。

そして、
その代わりとなる奥様との思い出が、クルーのサインでいっぱいの帽子になり、お2人とも幸せなお気持ちでクルーズを終えられたということを知り、感激しました。

ダニエルが、こう言いました。
「本当に、ゲストはそれぞれいろんな思いやストーリーを持って乗船されるんだね。
僕たちはいつもゲストの大切な思い出となるクルーズを毎回毎回考えて作るということに、一生懸命アイデアを絞っていかないといけないね。
そのアイデアがゲストにとって一番の思い出になることも今回のように今後もあるかもしれないのだから。
とても勉強になったよ。ありがとう、Aiko。」

そして、ダニエルはそのコピー紙を私にプレゼントしてくれました。
今でも大事にとってます。


おわりに

顧客対応をするシーンでは、ゲストが色々な思いを抱えて話しかけられると思います。
しかし、サービスを提供する側が自らそのゲストの懸念点や質問のBehind the storyを掘り下げて模索しなければ、ゲストの思いを知ることはできません。
もしその顧客の思いを知ることができれば、その思いへ寄り添うことができ、素晴らしいアイデアを提供できるヒントになることがあるかもしれません。
重要なのは、
ノー!と言わなくてはいけない状況下であっても、諦めず自分にできることや代わりの方法や言葉を一生懸命考えて、ゲストと一緒になって問題を解決するサービスを提供することなのだと、この2つの帽子の出来事から学んだのでした。

おしまい


サポートをお考えいただきありがとうございます。 これからも楽しい記事をかくためのモチベーションとして大切にお気持ちを受け取らせていただきます。