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いつか見た風景 49

「季節外れの記憶の端っこ」


 忘却の美徳だよなんて気取ってなんかいられない。行方不明の私の記憶たちを救出する時がやって来た。深海からの使者が次々現れては私に囁くんだよ。早くしないとクジラの奴に喰われちまうぞってね。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス


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 深海でクラゲのように浮遊する大事な大事な私の記憶たち。さてさて一体どうやって救出しようか。何しろ深海ってくらいだから素潜りじゃ到底無理に決まってる。酸素ボンベをつけたとてダイバー経験の全くない私に出来る事なんかたかが知れている。5メートルほど潜って運が良ければ小さなクラゲを一匹引っかけて来るくらいがせいぜいだけど、海面近くにのこのこやって来る奴なんてどうせ大した記憶じゃないだろうからね。

 ここは一つ信頼のおける専門家にお願いするしかないな。それにしても海の底深くに沈んだ私の記憶を救出するプロの潜水ハンターってのは一体どこにいるのかね。ネットで検索をかけてもそれらしい会社も個人も見つからない。あるのは主に沈没船の引き上げや回収を行うサルベージ関連の会社や事業所で、試しに数件連絡を取ってみたけど全くラチが開かないんだよ。

 

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 もう一つ、何だか関係ありそうな奴を見つけたんだ。データサルベージとか言う奴で、もっぱらPCなんかのハードディスクからの記憶データの復旧を生業にしているらしいけど、失った記憶を救出するために損傷箇所の修理とか部品の交換なんかもするんだって。一瞬期待しかけたけどさ、どう考えても私の脳みそはアナログだからね、やっぱり無理な相談だなって思ってさ。それに修理はともかく部品の交換だなんて言われたらさすがに抵抗があるからさ。だけど同時に、私の海馬の交換に一体どんな部品を持ってくるのかなって少なからず興味も湧いて来るんだよ。

 ともかく私の海馬の修理も大事だけど、今は既に流れ出て行方不明の記憶の捜索とか救出の方が優先されるからね。勝手に逃亡を図った奴らはどうでもいいけど、私の意に反して偶然流出してしまった記憶は何としても救出してやらんと。彼らだって私の中に戻りたいって願っているに違いないからさ。それにしても目撃者たちが口を揃えてクラゲに姿が似ていたって言っていたけど、何か重大な意味でもあるのかな。

 はたと思いついたんだよ。行方不明の私の記憶たちがそんなにクラゲに似ているんなら、それこそクラゲ漁の専門家の人たちにお願いするのが手っ取り早いんじゃないかなって。以前テレビで見た有明海の夏の風物詩で有名なクラゲ漁の映像を思い出したから、現地の漁協に連絡して腕の立つプロを紹介してもらったんだよ。勿論私の事情の詳細は隠してね。サルベージ船の事業所に連絡した時みたいに話がこんがらがっても何だからさ。

 

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 話を総合するとさ、漁のシーズンは7月から9月にかけてだから既にタイムリミットが迫ってそうなんだよ。それから漁ったクラゲは中国にも大量に輸出しているらしいからさ、うかうかしてると私の記憶が国外に流出してしまうかも知れないんだ。ともかくクラゲの救出をお願い出来ないかって話を進めると、どうもやっぱり話が食い違って来た。それでも我慢して聞いていると意外にも貴重なアドバイスを電話の相手からもらったよ。

 要するに私が食べた懐かしい味のクラゲはどうやら品川沖の奴なんじゃないかって、有明海のプロのクラゲハンターさんがそう言うんだよ。味覚は大事な記憶のトリガーだからね。だから一度馴染みの品川の寿司屋に行く事にしたんだよ。久しぶりにね。



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