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かっぽう

成せど 成せど 渇きを潤せないでいる。
成せど 成せど 潤せない渇きがある。
結果は後から着いてくるものだし、
目標に向かってがんばる源動力になっている。

外的な何かを達成することで、
内的な何かが劇的に変わるわけではない。
しかし、内的な弱点を克服することによって、
外的な変化が訪れることはある。

宝くじが当たって、
東大に入ったからといって、
全てがバラ色の人生になるわけではない。

通販サイトで詠われている、
ダイエット商品を買ったからといって、
モデルさんみたいな体型になるわけではない。

でも、だからといって、
よい人生を諦めることはない。
物の捉え方が変われば、
おのずと世界の見え方も変わってくる。

それは、
外的な何かに頼ることのない、
自らの世界。

頼るということ。縋るということ。
それは、人が幸せに成ろうとも、それに慣れて、更なる享楽の地を求めるのに近い。
それは、平和な先進国と謂れながらも、日々の暮らしに慣れて、あるいは置きざりになって、鬱屈とする国民に近い。

渇きを、潤せないでいる。
潤いを欲して、砂漠の地も歩くけれど、目の前にある泉に気づけないでいる。
「そのままでいい」と「そこにいていい」と。
潤いが欲しいと、自ら努力することも厭わないけれど、どうやら受け皿に穴が空いている。
バケツの底に穴が空いている。
「渇望」

P.S. 世界はどこまで広がっているのだろうか?
永遠にも感じられる。
求めれば求めるほど、その道は深い。
楽しい、楽しい。
これが好きなものを対象とするならば。
その道をよく知る智慧に豊んだ者にのっては、軽々しく、赤子の腕を手折るように、容易いことなのかもしれない。
世界の支配者というか、アナウンサーというか。
そんけいしている。

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