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仮面浪人をしていた私の体験記

桜満開になった武道館のまえ、土留め色の顔をした私が写真に写っていた。

本来なら、新しい仲間たちとの出会いに胸を弾ませる入学式。

しかし私の胸に取り巻いていたのは、激しいコンプレックスの嵐だった。

自分の実力ならもっと上の大学にいけたはずだ。なんでこんなところにいるんだろう。そんなことしか考えていなかった。

私は進学校出身だった。高校の同期はみんな私よりいい大学に行った。私より偏差値の低い高校に通っていた中学時代の同期ですら、私を追い越していった。

人生、こんなはずじゃなかった。プライドだけは人一倍高かった当時の私は、現実に耐えられなかった。

入学式では誰とも話さなかった。そのあとのオリエンテーションもずっと一人だった。当たり前だ。暗い顔しているやつと、友達になろうなんて誰も思わない。

それでも授業ははじまって、なんとなしに勧誘されたサークルに入って。

ふとしたタイミングで、大学受験の話になる。俺この大学第一志望だったんだよね。そう言われて、ドキッとする。お前はどうなの?そう聞かれたようでどういった表情をしたらいいのか分からなかった。

高校時代の友人から連絡が入る。浪人している友人は河合塾で一日10時間勉強しているらしかった。

『俺今年こそは受かるわ。』

Lineの通知に、私は既読をつけなかった。焦りばかりが浮かんできた。

私は5月、仮面浪人を決意した。仮面浪人とは、大学に通いながら、受験勉強をすることを言う。

浪人を許してくれなかった両親に、受験の相談をした。

はじめはNOを突き付けられたが、私の決意が固いことを悟ったのか、母親は条件を2つ出してきた。大学の単位はちゃんと取ること。そして、受験料は自分で払うこと。

私は前期に22単位の授業をとり、そしてライブスタッフのバイトをはじめた。

授業とバイトの隙間を縫って参考書を開く。勉強するうえで徹底したのは、勉強時間をストップウォッチで計測することだった。スタディプラスというアプリを使って毎日記録した。

5月はそれほど勉強できなかった。確か1日3時間ペースだったと思う。実際に分単位で計測してみると、集中して勉強することの難しさを知った。高校時代、自分が10時間だと思ってしていた勉強は実質6時間くらいだと思った。

スタディプラスで知り合った同じ大学の仮面浪人と会う。
1人は一浪して入学してきた慶応SFC志望の男性。
2人目はすでに去年仮面浪人をしていて、惜しくも1点差で国立大学に不合格だった男性。
3人目は現役で入学してきた私大志望のチャラ眼鏡。
4人目は同じく現役で声がアニメキャラみたいな帰国子女の女性。
私たちは、5人で来年は合格しようと誓った。

大学生活は相変わらず暗かった。
授業でしゃべっている学科の知り合いとは、教室の外で会わなかった。
サークルも3回参加して、その後幽霊部員になった。
私は休み時間、ひたすら自習室で赤本を広げていた。
勉強時間は月日を経るごとに徐々に増えていった。
7月以降は1日最低5時間とノルマを決め、継続していった。
中学・高校時代の友達から誘われた海外旅行も、お金がないからといってすべて断った。

私は仮面先での大学生活を完全に捨てていた。落ちたら、絶望の大学生活しか待っていない。そうした現実が私の勉強意欲を駆り立てた。

秋学期になって、取得する単位を8単位まで減らす。すべて、古文や英語など受験に関連する授業しかとらなかった。バイトも受験料分貯金できたのでやめた。後は、無我夢中で勉強するだけだった。

朝起きて電車の中で単語帳、授業に出席し、空き時間で過去問、放課後は夜8時まで大学の自習室で勉強、電車でまた単語帳を開いて、10時に帰宅。
そんな生活を毎日続けた。家族以外の、ほとんど誰ともしゃべらなかった。唯一しゃべったのは、コンビニ店員の「袋にお入れしますか?」くらいだった。

模試の成績は順調に伸びていった。秋ごろに受けた私大模試で、日本史が全国1位になった。AやB判定が出て喜んだ。でも、手は一切抜かなかった。そういった油断で不合格になる人を何人も見てきた。

冬がくる。私が大嫌いな冬。このころから精神的に不安定になる。

もし落ちたら。

そんな不安がよぎって、何度も頭を切り替えた。そんなこと考えたって仕方がない。今は、目の前の勉強に全力を尽くすだけだ。同じく、仮面浪人をしている仲間たちとはこのころ一切連絡をとらなくなった。みんな、そんな余裕がないのだった。

受験の時期が来る。私のスタディプラスの勉強時間は、1700時間になっていた。後半は追い込んで、1日8時間以上コンスタントに勉強していた。もうこれ以上は勉強できないと思った。スタディプラスの仲間たちと「いよいよだね。がんばろう」とコメントを寄せ合う。大丈夫、こんなに勉強したんだから大丈夫、と自分にもみんなにも言い聞かせる。

私大志望だった私はセンター試験を受けなかった。2月に、怒涛の私大ラッシュが続いた。緊張している暇なんてなかった。とにかく目の前の問題を解くことだけに集中した。試験会場をあとにするとき、ここで大学生活送れたら最高だろうな、と感慨にふけっていた。
私の戦争は、2月いっぱいで終了した。

結果から言うと、第一志望には落ちた。第二志望にも落ちた。第三志望にかろうじて合格して、入学することが決まった。

可も不可もない結果に私は、素直に喜ぶことはできなかった。あーあの問題落としてなければな、と悔やむ日々が続いた。でもそんなこと考えたって、どうしようもないのだった。

3月になって、仮面浪人グループのlineが久しぶりに動く。
声が可愛い女の子は見事国立大学に受かり、チャラ眼鏡は私と同じ大学へ。すでに一浪していた二人は不合格になり、仮面先での残留が決まった。

仮面浪人の成功率は一般に5%と言われているが、それは受験にたどり着くまでに大半がやめてしまうからだと思う。在籍している大学以上のレベルへの再入学なら、半数以上が成功しているのではないか、と私は感じた。

社会人になった今でも当時のことを思い出す。特に冬になると、受験直前の不安定なメンタルが蘇って憂鬱になる。しかし、この経験はこれからの人生を生きていくうえで圧倒的な糧になった。自分は仮面浪人を乗り越えた人間だから、どんな仕事だってできる。そういった自己肯定感につながるのだ。この自己肯定感に私は今、すごく助けられている。あの時の自分に負けないくらい頑張らないといけないな、と思う。学歴コンプレックスというつまらない理由で仮面浪人した私だったが、挑戦してよかったと心の底から感じる。

最後に受験生へ向けて。

頑張っている人は輝いています。今はそんなこと気付く余裕ないかもしれないけど、あなたの頑張る姿は絶対誰かの心を動かしています。そして、自分の人生を振り返ったとき、受験勉強を頑張った自分のことは間違いなく大好きになります。だから、今目の前にあるつらくて高い壁を頑張って登り切ってほしい。その壁の頂上から見る景色は、あまりにも美しすぎてびっくりするはずです。応援しています。

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だいすき
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いしだ/コピーライター

入社1年目のペーペーコピーライター。トップ画は、地味ハロウィンにて『スナチャの加工をしたサラリーマン』のコスプレをしたときのものです。楽しんで書いてます。
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