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それって死ぬってことじゃん!『ポニイテイル』★55★

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あどのことばにユニは、ハナを小さくスンスンとさせました。

「そうしたいけれど……ほんとうに、そうしたいけれど、それはたぶんムリだと思います」
「ムリ? 大丈夫だよ。この学校の動物たち、みんないい子ばっかりだよ。それにほら、この学校も楽しい場所多いでしょ。まだまだいいとこ、たくさんあるよ」
「大人になったことないから、その瞬間に何が起こるのかわからないけれど……プレゼントを渡して大人になった瞬間、ボクたち架空動物は……」

ユニは弱弱しい声で、あどの頭の中へ打ち明けました。

「子どものときに感じていたこと、自分の名前、友だちとの思い出、すべてきれいさっぱり忘れてしまうみたいなんです」

思いがけないユニのことばに、あどの眠気は一気にふき飛んでしまいました。あどは、プーコがときどきいっていた『頭から血の気が引く』という状態を、このとき初めて体験しました。悪いウワサのときの黒竜のような怪物が、心の中にいきなり出現したような、酷く恐ろしい気持ちになりました。

「きれいさっぱり?」
「はい」
「それって……ほんとうなの? ぜんぶ忘れてしまうの?」
「ボクが知っている大人の架空動物はみんな、自分の子ども時代を覚えていません。例外なく全員そうです。プレゼントを渡した瞬間に、そこまでの記憶がすべて消されるんです。つまり子ども時代と大人時代とは、まったく別のものなんです」

ユニは何事もないように、ふつうにそう言いました。

「ねぇ、ヤダ! 怖いこといわないで!」

あどはユニをどなりつけました。

「忘れるって、自分の名前も友だちとの思い出もぜんぶ忘れるって……なにそれ! それって死ぬってことじゃん! ダメだよ。ねぇ! ウチにそんな怖いこと言わないで!」
「ごめんなさい」
「今あやまったことも、ウチとこうやって話してることも、ぜんぶ忘れるの?」

ユニは少し考えて、でもハッキリといいました。

「きっと忘れてしまいます」
「やだ! なにそれ!」

あどは急に、世界中のあらゆることがおそろしくなりました。ブラックフォールにたたずむ黒竜のような気分は消え去り、『今こうして生きていること』が怖くなりました。こんなことは初めてのことで、あどの心は大地震のようにグラグラと揺れました。

「ユニ、どうしよう、なんか怖いよ、怖いよ、助けて!」 

あどはあわてて、ユニの胸に顔をうずめます。

「大丈夫、大丈夫、ボクも怖いけど、頑張るから」
「ごめんね、ああ! 怖いよ、ねぇ、助けて……ウチも大人になるの? 楽しいことぜんぶ忘れちゃうの?」
「たぶん、人間は大丈夫だと思います。特にあどちゃんは想像力がたっぷりあるから」
「ウソ! ウチ、もうヘンなことぜんぜん思いつかない。大人になっちゃう!」
「あどちゃん」
「大人になって……死んじゃうんだ!」

あどはめったに泣いたりしないのですが、このときはユニの胸でさんざん泣きました。ユニは、体の中にあるすべての波を集めてくれたのでしょう。あどの心の中で暴れる恐怖を全力で包んでくれました。


どのくらい泣いていたのでしょうか。

泣きやんだときあどの頭にぽっかり思い浮かんだのは『プーコの生意気』な笑顔でした。
ユニの金色の角が優しく光っています。

「ユニがプーコを選んだのは大正解だよ! プーコはユニの角のことぜったいによろこぶよ」
「はい」
「たぶん、ふざけてわたしにはこんな角なくてもヘーキとかいうけれど、それは冗談だからあせらないでね! まあ、ユニの角なら、どんな子でも欲しがるけどさ」
「ありがとうございます。自信が出てきました」
「うん。大丈夫! プーコはユニの角を一生の宝物にするはずだよ!」
「ありがとう、あどちゃん。ボクも早くプーコさんに会いたくなりました」
「ウチ、やっぱユニの角を使って、プーコと物語を書くよ」
「あどちゃんは物語が好きなんですね」
「うん。物語っていうか、ほとんど空想なんだけどね」
「ありがとう、空想してくれて。さっきも言いましたけど、架空動物としてお礼を……」
「ところでユニさ、なんか言葉がめっちゃかたいよ! 子どものユニコーンってみんなそんなふうにしゃべるの?」
「そう……いや、ちがいます……かな?」
「ウチはペガサスから翼をもらえるんだよね?」
「はい」
「だからかたいって! うん、って言って!」
「あ、すみません。うん」
「ウチ、翼もらったら、この体育館を飛び回るよ。そして思いっきりヘンな話を書く」
「はい!」
「だから! 返事はうん、でしょ!」
「うん!」
「ユニが大人になってもちゃんと今のこと思い出せるように、思いっきりヘンな話をウチが書いてプレゼントしてあげるから!」


『ポニイテイル』★56★へつづく

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