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ラプソードスみたい 『ポニイテイル』★32★

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タイヤがキュキュキュッと音を立てて赤い車が発進した。

「さっき乗せた、学校の前でいいかな?」

「——」

エンジン音に負けないようにしてるのか、先生の声はいつもよりも大きめで、少し上ずっている。

「文学賞、締め切りに間に合うようにがんばってね」

「先生……やっぱり、ウチ、書いた方がいいんですかね」

「友だちが見つけてくれたサイトだもんね。あどちゃんならミヤコウマを救えるって思って声をかけたんじゃないのかな」

「いやいや、そんな深い意味はないです。ただウチに似てたから、からかっただけ……」

「直感したんじゃない? 自分じゃどうにもならないから……あどちゃんに助けてほしいのかも。毎日毎日、同じ失敗を繰り返して、明日こそ、明日こそって思って前に進めない。歯車がかみあわなくなっちゃった親友を助けられるのは、あどちゃんだけだと思う」

「ウチがふうちゃんを助ける? ふうちゃんがウチを助けるならわかるけど、ウチがふうちゃんを?」

「そういうのはたぶん順番っこ。夢を生きたら現実を生きて。現実を生きたら夢を生きて。風船をふくらませるように」

「風船?」

「気球の風船。ずっと遠くまで……夢の国へ現実にいけるように」

物語もふくらませなくちゃね——レミ先生はギアをカッコよくチェンジした。

「このナノベ、ふくらみますかね……」

「すべてはあどちゃん次第、とかプレッシャーかけてみたり」

もうすぐ先生じゃなくなってしまう先生は、泣きそうな顔で笑った。海に寄り道して行こう、右に曲がろうか、左に曲がろうか、やっぱこっちの方が近いかな、とレミ先生は早口でつぶやいた。

「先生は、正直……どうでした、あのナノベ」

「ユーモラスで、いたずらで、キラキラの予感をたっぷり含んでると思った! お世辞とかじゃなくて、わたしの大好きな世界。美しい物語になりそう。世界中の子どもたちを励ます物語。ミヤコウマたちを救ってくれる物語。完成したら読ませてね」

「ウチは書くと言うより話すだけだけど……。マカムラッチに手伝ってもらって一気に書いちゃおっかな、このあと」

「このあと? そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

「だって、先生、いなくなっちゃうんでしょう。それに、こうしてるたった今も……」

「今も?」

「あのミヤコウマたち、大ピンチなんですよね? 早くしないと、あの子たち、この世から消えちゃう」

車通りが少ない広い一本道に出ると、妖精はオープンカーのスピードをさらに1段階アップさせた。

「ひゃあー、速い! すごい!」

「この車、ホンキ出すと、もっとずっと速いんだけどね」

スピードがさらにアップする。

空気のかたまりが顔に強くぶつかってくる。

「ジェットコースターみたい!」

「わたしが……あどちゃんが作家になった方がいいと思ったのはね」


オルフェは唐突に、秘密を語り始めた。


「あどちゃんがラプソードスみたいだったからなんだ」

「ラプソードス?」

「今から2000年以上前の職業。あどちゃんて、いつだって、自分の周りの人の言葉を、とびっきり正確に暗記してきては、わたしの前で楽しそうに話してくれたでしょ。いつでもいつでも、楽しい物語を。さっきもそう……わたし、あどちゃんのお話を聞くの、大好きだったよ。ありがとう」

「ぐひぃ」

もう図書室に行っても、レミ先生はいない。あどの目から涙があふれる。

「言葉と声で世界を創りだす。あどちゃんは、抒情詩を吟遊する詩人みたい

「じょじょうしをぎんゆうするしじん?」

「美しい物語をね、みんなに聞かせて心をなぐさめる人。それがラプソードス。わたし小さい頃、詩人になりたかったの」

「詩人」

「そう、詩人になりたかった。あどちゃんがさっき話してくれた、ハナロングロングゾウみたいに」

「ハナロングロングゾウ! あれ、実はレミ先生がモデルなんです!」

「え? ホント? わたしが?」

レミ先生はぜんぜんロングじゃない鼻にそっと触れた。

「そっか。先生は詩人が夢だったんだ。すごい。夢、かなったんですね!」

「え? 夢がかなった?」

「あ!」

あどはイキナリ飛び出したフレーズを飲み込んだがもう遅い。あきらめて正直に白状した。

「えええと、ですね……。先生、ごめんなさい。ウチ、前に先生のこと調べちゃったんです、しかもいっぱい」

「わたしのことを調べた? ああ、だから電話番号を知ってたのか」

「それもそうですけど、そうじゃなくて。先生、去年、詩集を出しましたよね。黄色のひよこみたいな本」

「!」

「オルフェってペンネームで」

「ひゃああ!」


ポニイテイル★33★へつづく

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ポニイのテイル★32★

昔、国語の先生が詩人でした。

私は先生から、先生自身が編んだ詩集を2冊いただきました。

宮沢賢治と寺山修司について静かに熱く語っていたのを今でも思い出します。

私の職業は寺山修司である

という言葉がかっこよくて、自分と言う職業を生きたいと思ったのでした。

小、中、高と私自身は詩のすばらしさに気づけないでいました。詩が好きになったのは、もう教える側になってからで、友だちから工藤直子さんの

『ともだちは海のにおい』

をプレゼントされたのがきっかけです。この本はすごく気に入ったので、塾の子にプレゼントした記憶があります。(あれ? プレゼントしたのは『ともだちは緑のにおい』だったかもしれません。)

息子の学校の校長先生が、自分の好きな本に『ともだちは海のにおい』を挙げていました。昨日書いた『ヴィンセント海馬』の6話の前篇では、現代文教師として悩む先生の姿を描きましたが、すてきな言葉や作家との出会いがあるような国語の授業がいいですね。私が好きな『ラーメンズ』の片桐仁さんは、高校時代に北村薫さんに国語を教わっていたそうです。


子どもの心を励ます詩 大人の心を支える物語

noteにはたくさんの表現があふれている。

読むことも書くことも、大事で楽しい。

萎縮する心をオープンにして、今日も楽しく過ごしたいと思っています。

読後📗あなたにプチミラクルが起きますように🙏 定額マガジンの読者も募集中です🚩