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一人になりたいぼくは、水を吸って

僕にはそういうところがある。突然、皆の輪からはずれて、一人で考えたくなるときがある。

吉田篤弘『流星シネマ』p56

一人になりたいときが、増えたように思う。


一人になりたいときと、一人になりたくないときが、ぼくには交互に訪れる。


それにしても、以前にもまして、増えた気がする。


ぼくは、なんというか、情報処理能力が低い。


書店の棚に並ぶタイトル、SNSの噂話、目の前でくり広げられる会話。


そんなものを、たくさん吸収した翌日は、寝込んでしまう。


一人になりたい、のも本当で、一人にならざるをえない、のも本当。


とにかく、ここしばらく、ぼくは一人でいた。


VAPE(使い捨て)シーシャを、朝と夜、一日に二度吸うようになった。


ベランダで外気に当たるのと、そのときの手持ちぶさたに、丁度いいのだった。


それに、なんだか性に合っていた。


『Muscat』と刻印されているものの、味はしない。ただ、吐き出される水蒸気は、その香りがするので、味までしたように錯覚する。


朝は、VAPEを片手に、メモ帳を開いて、詩(のようなもの)を書き付けていた。


言葉に詰まる度、VAPEを吸って、ぼんやりして、ふいにこぼれ出たものを、拾い上げてまた書き付ける。


VAPEは、なんというか、いい具合にぼんやりするのにも、一役買っていた。


夜は、膝の上にあるのは、メモ帳じゃなくポメラになる。その日の終わりに差しかかった頭の中がどうなっているか、出しておく必要があった。ぼくのために。よく眠れるように。


室内は、間接照明しか点けておらず、もちろんベランダに電灯はないので、手元のポメラだけが、ぼくにぼんやりした灯りを投げかけていた。


VAPEの、吸引していることを示すランプが、暗いとよくわかる。


引きこもっているのに、ベランダに出るだけで、ずいぶん気分は違うものだと、つくづく思う。わざわざ、外出しなくてもいいほど。


朝も、夜も。ぼくは、ますます一人になるようだった。

歩きながら、これまでのことや、これからのことをあれこれと考える。そうするうち、またいつのまにか誰かに会いたくなってくる。

吉田篤弘『流星シネマ』p56

ぼくも、そうなれるだろうか。


今は、一人になりたくてしょうがないけど、また、誰かに会いたいと。


その日読んだ、『流星シネマ』に思った。


眠くなって、後ろに倒れ込み、固いフローリングの上で、VAPEを吸う。


水と似ていて水じゃないそれは、仰向けで吸っても、むせることはなかった。

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