ぼくはもう、あのころにいないから
咳が出る。
日に日に、ひどくなっている。
いつものことだ。
毎年。
年に2回。
環境が変われば、よくなっていくものだと、思ったけど。
どうやら、そうでもないらしい。
例年なら、6月くらいに始まる咳。
(6月は、身も心も、調子を崩しやすい。)
でも、今年は、4月の終わりから、ずっとだ。
丁度、引っ越し前くらいから。
なので、環境が変わって軽快するどころか、環境が変わったことで発作が起きるのが早まった、気がしないでもない。
ぼくの咳は、精神的なもの。
寒暖差のせいもある。家に帰ってきたときとか。べつに、冷房も暖房も点けていなくても、外気との微妙な温度差に、気管は反応してしまうらしい。
まったく出ないときもある。なにかに集中しているとき、とか。
悪化するのは、緊張しているとき、とか。
基本的には、精神的なところに委ねられているらしい。この、咳どころか、呼吸が浅くなってしまう、毎年の症状は。
いつからだっけ。
たしか、大学の終わりには、原因もわからず、内科に通っていたと思う。
それから、紹介状もないのに、医療センターに行って、高いお金をかけて、CTまで撮ってもらったこともある。もちろん、なにもなかった。
それから、何年か経って、ひどい職場に行き当たってしまったときは、呼吸器内科を受診したりもした。結局、原因はわからずじまい。
でも、そのひどい職場で、疲弊していく度に、ぼくの喘息様発作は、仕事中でも、所構わず起きた。
最初は、心配してくれる人もいた。でも、あまりに頻発するので、ぼくがシンクの上で吐きそうになるまで咳き込んでいても、声をかけられなくなった。
働いている場所の違う同期が、何度かこちらの職場にやって来たこともあった。発作が起きたとき、同期は心配をしてくれた。同時に、誰もがぼくを無視している状況を、異様に思った。(と、後に語っていた。)
外からやって来る人、外から物事を見る人は、大切なのだと、あのとき思った。
彼は、ぼくが退職しようと思っていると打ち明けたとき、あんなところ辞めた方がいい、と言ってくれた唯一の人だった。
(ちなみに、ぼくとパートナーを引き合わせてくれた人でもある。)
咳がひどくなるこの時期は、当時を必ず思い出す。先の同期を除けば、味方をしてくれる人がいなかったこと。身内も含めて。
でも、もう、あのときほど、発作はひどくならない。ぼくはもう、あのころにいないんだ。
呼吸が浅くなることは、今でもあるけど。整える余裕はある。
どうか、なるべく苦しまないまま、次の季節までもってほしいと思う。
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