見出し画像

もし、見るとすれば、(今朝は、ホットミルク)

夜に眠れなくなり、朝に起きられなくなり、しばらく経つ。


日がな一日、ぼんやりしている。そのくり返しが、ぼくという人間を、よりぼんやりしたものに、しているようだった。

――おはよう。

――……おはよう?

――どうして語尾が上がるの?

――いや……自信がなくて。そうか。朝か。

――夜ふかし?

――夜ふかし……まあ、夜ふかしなのか。辞書的な意味では。ただ、夜がふけるまで、起きていたいわけじゃないところは、違うかな。

――まだ、眠れない?

――うん。……眠りたいときに眠れなくて、起きていたいときに起きられない。

アルネは、ほんの少し肩を落として、俯いた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――どうすればいいのかしら。

――んん……。一説によれば、ふらふらになるまで起きていればいい、らしいけれど。そういう訳にもいかないから……。他に出来そうなことは、大体しているはずなんだけどね。

――どうして眠れないの?

――たぶん……夢を見たくないから。

――夢?

――うん。夢は、眠ると見るでしょう。まあ、人によるけど。ぼくは、必ずと言っていいほど見るから……。それで、大概がろくでもない夢。忘れてしまいたい夢。でも、生活するには、眠らないといけない……むずかしいな。

――眠りたいし、眠りたくないのね。

――そういうこと。たぶんね。正直、自分でもよくわかってないけど。

――……ねえ。今朝は、あたたかい牛乳が飲みたいわ。

――うん、いいよ。

ミルクパンに、二人分の牛乳を注ぐ。膜が張らないように、そっと弱火にして、じっと見守る。


立ち上る甘い匂いに、また眠くなる。けれど、大丈夫。ぼくは、眠れない。

――はい、どうぞ。

――ありがとう。……うん。甘くておいしいわ。ほっとする。

――よかった。……うん、おいしいね。

――ほっとしてる?

――……ほっとしてる、のかな。頭がぼーっとする。

――眠れるのなら、それはそれでいいけれど。

――そうだね。少し、怖いけど。

――ねえ、

――何?

――夢の中に、私が出てきたこと、ある?

――……ない、かな。アルネだけじゃないよ。ぼくの好きな人達は、ぼくの夢には登場しない。誰かが登場したとしても、嫌いな人か、知らない人か。

――……もし、万が一でも、私が出てきたら、ほっとする?

――ほっとするだろうな。出てきてほしいな。そしたら、夢が怖くなくなるから。

――出てくるように、願っていて。

――……手を合わせておくよ。

まだ、頭はぼんやりする。夢は怖いし、現実にも怖いことはたくさんある。


でも、この時間は。たしかに、あたたかなものだ。ぼくは、アルネの目の前で、手を合わせた。

デッサン20日目

この記事が参加している募集

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。