7/19

5:53起床。

天気は雨。
カーテンを開けたら、昨日のことが全て夢になっていればいいのに。

#PrayForKyoani

僕は悩んでいた。
それは、今週水曜日21時に投稿したエッセイについて。
なんだか、間が悪かったんじゃないかと。

悪いことがしてみたい、という僕の幼稚な憧憬に始まり、
その地続きで(というわけでもないけど)犯罪小説を手にした僕は、
遠くない将来、これに登場する人物のように気狂いになっちまうかもね。
という不穏の種を残して終わる、何とも後味の悪いエッセイだ。

令和になってからというもの、身の毛もよだつような事件が多発している。
ネットでは、特に常軌を逸した加害者は「サイコパス」と呼称されている。
そんなご時世に、犯罪小説を題材にしたのはお気に召さなかっただろうか。
「あんなもの、お気に召さなくてよかったんだ」と一切思えないところが、
まっとうに生きるのが大変な僕の、異常性を物語っているんだろうか。

もう厭だ、と思った。

エッセイの評価じゃない。
京アニの放火事件のことだ。

ツイッターのトレンド欄を開く度に、更新される死者数。
平成以降の放火事件では、過去最多らしい。

僕は、何を思えばいいのかわからなかった。
こういうときは、何を思うのが正解なんだ?

その人が迎えるはずだった「次の日」が、あっけなく散ってしまったこと。
そんなたくさんの「次の日」を奪い去った加害者は、まだ生きていること。

被害者の悲しみに寄り添えばいい?
加害者へ憎しみを募らせればいい?
それは、当事者の人たちの何かになるのか?
当事者じゃない僕は、何をすればいいんだ?

#PrayForKyoani
京アニの火災が起きて、その日の内にこのハッシュタグが拡散された。

prayは、祈る。
無事を、祈る。

僕も、このタグで何かツイートしようと思った。
思ったけど、何も浮かばなかった。

僕なんかが、祈りを捧げてもいいんだろうか。

こんなことをしでかした加害者なんて、死ねばいい。
自分を100とすると、そう思っている自分は99。
残りの1は、加害者をかばいたいと思っている自分。

僕は、相模原障害者施設殺傷事件を思い出していた。

僕は以前、障害者施設で働いていた。
そこは、職員にとって劣悪な環境だった。
炭鉱のカナリアのように過敏な僕は、
ものの数ヶ月で、あっけなく壊れた。

僕は、被害者だった。
同時に、加害者になる可能性も持っていた。
だから僕は、加害者を一方的に責めることなんて出来ない。
それは僕にとって、自分自身を責め立てるのと同じなんだ。

でも、僕はやっぱり、
「次の日」が訪れなかった人達に手を合わせたい。

PrayForKyoani。

ハッシュタグは付けないけど、無事を祈っています。

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