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「こんな夢を見た。」と、ぼくは語り始めた。

「こんな夢を見た。」


夏目漱石『夢十夜』。阿刀田高『夢一夜(眠れなくなる夢十夜)』。悪夢に悩まされているぼくが、悪夢を読む。なんて、滑稽なんだろう。と思ったのは、その場でぼくだけだけど。


初めて、朗読会なるものに参加した。通っている古本屋さんの主催だ。ぼくや店長さんも含め、6人ほど。閉店時間を過ぎ、一時間半が経ったところで始まった。


「怖い話」をおのおの持ち寄る。(怪談じゃなくても可。)ぼくは『夢十夜』。自分でも「ベタなものを選んだなあ」と思っていたけど、読みたかったんだからしょうがない。(それに、その場にいるほぼ全員が内容はわかっているだろうから、頭に入ってきやすいだろうし。後付けだけど。)


順番決めはくじ。ぼくはトリ。何ということ。ひとまず、他の参加者さんの朗読を楽しむ。宮沢賢治『注文の多い料理店』、中島敦『文字渦』、小泉八雲『鏡の乙女』……。


何とも言えず見事だった。閉店時間をとうに過ぎた本屋の中で朗々と、あるいは訥々と物語が流れる。凪いだり、荒れたり。ことばの海に、目の前が明滅した。

と、感傷に浸っていると、あっという間にぼくの番。「本日の大トリです」となぜかハードルを上げられる。んん。まあ、いいのだ。(元演劇部のパートナーの指導の下)練習してきた成果を見せるのだ。


と意気込んだものの、読み始めると、話の中へ入っていくのは容易かった。


「こんな夢を見た。」


夢十夜。第三夜。ぼくは『俺』になる。『盲目の子ども』になる。夢一夜。『私』になる。『老人』になる。ときどき、瞳孔が開くのが自分でもわかる。トリップするとは、このことか。綱渡りをしている思いがした。ピンと張りつめた空気の上を、ぼくはそろそろと歩いていた。


無事終了。最後は、店長さん(本職:宮司)にお祓いしてもらう。(怖い話をした後にお祓いするって、なかなか無い経験な気がする。そこのあなたは、どうですか。)お守りももらった。わーい。参加者の皆さんと和気あいあいとお喋りして、朗読会はお開きになった。お疲れさまでした。


昨日は、満月だった。いつもなら、「見事なものだね」と見上げるんだけど。そのときは、凶兆の気がしてならなかった。不吉だね。まあ、お祓いしたので大丈夫なのだ。たぶんね。背に赤子を背負っている気持ちで、街灯の少ない帰路についた。

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