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夢が叶った、その後は(今朝は、白湯)

そうか、と思った。


ぼくが、新しい家に住み始めて。


どこかで、感じていたこと。


ぼくは、ぼくの人生で、叶うことはないと思っていた夢が、叶って。


ぼくのことを、「変」とか、「頭がおかしい」とか、決して言わない、家族が欲しい夢が。


それから、ずっと、まだ20代も終わらない内から、余生が始まったのだと、思っていて。


(脅かす人さえ来なければ)静かで、だれかの気配があまりしない、この家に来たことで、その実感が、より強いものになっている。気がする。


パートナーがいて。


「ぼくを生んだ人達」から、行方をくらませて。


(だれかが、バラさなければ。その不安は、少なからずあるけど。)


平穏な生活。


ただ、時間が過ぎるのを、待つような。


そんな感覚もある。

――白湯、おいしいね。

――ええ。

――……。

――今日は、いやに静かなのね。

――むしろ、いつもは、そんなにうるさいのかな、ぼくは。

――ええ。

――……。

――冗談よ。なんとなく、そう思っただけ。

アルネは、肩を控えめにすくめた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――なんだろう……。ひとりで過ごすことが多くなった、からかな。その、静か、っていうのが、あまり喋らない、って意味なら。

――あら、今までだって、そうじゃなかったかしら。

――まあ、そうなんだけど。んん……ここは、前に住んでいたところより、ずっと静かで。人の気配が、ほとんどしないというか。……本当に、どこからも切り離されたみたいに。

――そのわりに、寂しそうには見えないけど。

――寂しくはないよ。パートナーも、夜には帰ってくるし。それに……やっぱり、静かだからだと思う。

――?

――最初から孤独なら、それを孤独とは言わないけど。集団の中にぽつんとひとりなら、それは、寂しいかもしれない。

――この家にいると、どこにも、だれもいないような気がするから、寂しくもならないのね。

――そうかもしれない。……ああ、でも、寂しくはならないけど、時間が長くなったように、感じるかな。

――まだ、荷ほどきも終わっていないのに?

――忙しいのは、忙しいはずなんだけどね。あ、早起きできるようになったのも、あるのかな。

――なかなか起きられない、が、なくなったのね。

――うん。……本当に、ここは静かだな。

――幸せ?

――……幸せ、かな。

――よかったわね。

――……本当に。

住まいを変えたことが、いいことなのかと言えば、やっぱり、いいことだと思う。


不調が減ったことも、喜ばしいことだ。


そのことに、体はまだ慣れていないみたいだけど。


その内に、健康的な人間になっていくんだろうか。


それは、わからないけど。


今はただ、ぼんやりしていたくて。


ぼくは、蝋燭に火を点けた。

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