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偲ぶ――追悼、椎名もた(アストロノーツ/椎名もた)

部室棟って、いうのかな。
僕が通っていた大学では、ボックス棟と呼ばれていたけど。
とにかく、文化系のサークルの部室が密集している棟が、それだった。

僕が所属していたサークルの部室は、最上階にあった。
最上階にも他の部室は2、3室あったけど、
他の階と違うのは、ボイラー室があることだった。

そこは、立ち入り禁止の開かずの間。
けれど、そんな開かずの間は、
1つのサークルに1つは割り当てられているマスターキーで、
簡単に開錠することができた。

僕ら学生は、ボイラー室に用は無い。
用があるのは、
天井すれすれのところにある、人一人通れるくらいの小さな扉。
それは、この棟の屋上に上がることができる唯一の入り口だった。
もちろん、屋上も立ち入り禁止だった。

僕も、1回だけ上がったことがある。

あれはたしか、僕がハタチになる前のことだった。
その日は、サークルの人たちとだらだらとだべっていて、
気が付くと、もう朝の5時になっていた。
とはいえ、このまままっすぐ帰るのもな……と思ったんだろうか。
ある先輩が、屋上に行こうといい出した。
とっくに眠気が限界を通り越していた僕らは、二つ返事で同意した。

屋上に柵は無いし、
そもそも数人でも立ち入れるスペースなんて無かったから、
僕らは、
まだ空に浮かんでいる生白い月にわーきゃーいいながら、
身を寄せ合うように、そこにしばらくとどまっていた。

外は、すでに明るくなっていた。
5時にもなれば、当然か。
でも辺りをただよう空気には、まだ藍色の帳が下りているようだった。
月よりも星よりも何よりも、僕はその空気に惹かれていた。

そんな小規模な天体観測も、
警備員のおじさんに見つかったことで、幕を閉じた。

あれ以降、屋上に上ることは公に禁止された。
あの小さな扉は、マスターキーじゃ開けられないように施錠されたから。

けれど、あの場所にただよっていた空気は、
僕にしばらくとり憑いていた、ような気がする。

もしも僕が死ぬとしたら、
最期に目にするのは、きっとあの景色だ。

そんな考えが、ずっと頭の中を巡っていた。

「屋上」といえば、死を連想してしまう僕に。
死ぬことについて、しょっちゅう考えていた僕に。

それを明確にしたのが、
ぽわぽわP――椎名もたの死だった。

享年、20才。
(ここでは、「歳」じゃなくて「才」と記す。
 「才」は、子どもの年齢に付けるものだから。)

大好きだったミュージシャンの死。
死因は、公表されなかった。

訃報があったのは、7月27日。
命日は、7月23日。
当日、もたさんは次のツイートをしていた。

もたさんはその日、ニコニコ動画に新曲を投稿したばかりだった。
タイトルは、「赤ペンおねがいします」。

赤ペンおねがいします/椎名もた feat.初音ミク(2015年)

もたさんの訃報は、ツイッターのTLで知った。
ツイッターを開いたとき、
TLが不穏な空気に包まれていることはすぐにわかった。

もたさん。

僕は泣きたかったのに泣けなくて、笑おうとしても笑えなかった。
全ての感情を、どこかへ置き去りにされたような気分だった。

僕は、
まるで壊れてしまったように、
ある曲のサビを、何度も何度も口ずさんでいた。

「アストロノーツ」。

今目をつむって
耳をふさいで歩き出したよ
君の声も君の笑顔も
見れないままだけどそれも良いかも。
――椎名もた『アストロノーツ』より

あのとき、
部室棟の屋上で感じた、死の匂い。

この曲が公開された当時は、
歌詞が自殺を暗喩しているんじゃないかと、
ニコニコ動画界隈では話題になっていたらしい。
もたさんが亡くなったときも、それは。

僕がこの曲を知った頃。
近い将来もたさんが亡くなるなんて、夢にも思っていなかった頃。
弾き語りサークルに所属していた僕は、
この曲を、がむしゃらに練習していた。

まるで、
漠然とした不安を掻き消すように。
とり憑いている死の匂いを打ち消すように。

その頃の僕は、
「アストロノーツ」の『僕』に自分を重ねていた。
僕も、『僕』と同じだよ。
だから、『僕』の気持ちは痛いほどわかるよ。なんて。

でも、大学を卒業したのをきっかけに、
「アストロノーツ」とも、徐々に距離を置くようになった。

「アストロノーツ」に自分の気持ちを寄せれば寄せるほど、
それだけ、自分の死も近づいてくるような気がしたからだ。
(もちろん、この曲を貶めているわけじゃない。)

僕には、なんとなく決めていたことがあった。

「アストロノーツ」を鑑賞するのは、一年に一度だけ。

7月23日。
もたさんの、命日に。

今聴いても、思い出す。
藍色を帯びた屋上の空気。
美しくも恐ろしかった、死の匂い。

これは、捨て切れるものではないんだな。

僕に大切な人ができて、
周囲の環境に恵まれたとしても、
根本的な部分で自分が孤独である限り、一生ついて回ってくるんだな。

もたさん。

僕は、大人になりたくなかったよ。

年を重ねれば重ねるほど、
自分の感情とか情景とかを吐き出すと、白い目で見られるんだから。
でも、僕はこうしないと生きていけないんだよ。

もたさんが亡くなってから、4年が経った。
もたさんはこれからも、ハタチのまま死に続ける。
僕は一つ一つ確実に、年を取り続けている。

今でもふり返れば、すぐそこにいる。

いつでも来ていいよって。

でも、僕は首を振る。

ううん、まだ大丈夫。

目を閉じれば、あの景色が目の前にある。
あと一歩を踏み出せば、そちら側へいける。
僕はずっと、この縁に立ち続けている。
きっと、これから先もずっと。
それでも、今日も僕は生きている。

僕は、静かに手を合わせる。

椎名もたの冥福を、今でも祈っている。

アストロノーツ/椎名もた feat.初音ミク(2011年)

アストロノーツ/椎名もた feat.抱きしめたトゥナイト(2012年)

アストロノーツ(「夢のまにまに」収録)/椎名もた(2012年)

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