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どこまでも沈んでいく夢を見た。

どこまでも沈んでいく夢を見た。目を覚ますと、体がしっとりしていた。そんなに汗をかいたんだろうか。それとも、本当にどこかに――。


どんな夢だったのかは、忘れてしまった。いつものことだ。それなのに、頭の中で誰かの声が反響している。


ぼくは、その声に覚えがある。知人でも友人でもない。けれど、知っている。


きっと、夢の人だ。沈んでいく夢に、知らない人の声。誰なんだろう。なんの夢を見たんだろう。

――君は誰なの?

僕は訊く。

――忘れたんだ?

どこかがっかりしたような声がした。

――会話、できるんだ。

――それより、思い出せない?

――夢を思い出すなんて。そんな難しいこと、できないよ。

――難しい、ね。

――夢って、忘れるもんじゃないのかな。

――大抵は、ね。

声は、さっきから含みのある言い方をする。

――君は、実はぼくだったりするの?

――夢の中に出てくるものは、全部あなたでしょ?

――まあ……そうか。

――あなたの夢には、知人や友人はほとんど登場しないんでしょ?

――覚えてないだけかもしれないけどね。

――ボクが誰なのか、気になるの?

――うん。どうしてなのか、わからないけど。ことばにならない君の声が、頭の中に残ってるんだ。ずっと。

――……。

――ぼくは、沈む夢を見た。はずだと思う。だから、一緒に沈んだのかな。

――おおむね正解。

――おおむね?

それ以外に、なにがあると言うんだろう。声は、姿形もわからないから、調子で様子を察するしかない。

――一つ、訊いてもいい?

ぼくにはもう一つ、確かめたいことがあった。

――ぼくらは、海に沈んだの?

しばらく、長い沈黙があった。もう、声が聞こえなくなったと思うくらいに。

――沈むのは、水の中とは限らないよ。

声が、ぽつりと言った。

――ぼくは、ぼくの中へ沈んでいたのかな。どこまで沈んだのか、覚えてないけど。

――……。

――それで、君は友人なんだね。

――ボクは、現実には存在しないよ。

――うん。だから、夢の中限定の友人。ぼくはぼくを知るのに、一人じゃ怖かったんだ。

――……。

――ありがとう、そばにいてくれて。

――あなたが、そう決めたからね。

そろそろ、別れのときだと思った。ずいぶん芝居がかった喋り方だったから、なかなか気付かなかった。声と会ったのが、初めてじゃないことに。

――ねえ、君は、

――じゃあ、ボクはそろそろお暇するよ。

――ドッペルさん。

――……。

――ドッペルさんだよね。

――そろそろ、夢から覚めなよ。ここは、現実なんだから。

そして、二度と聞こえなくなった。ぼくのドッペルゲンガー。もう一人のぼく。色々あってお別れして、でも肝心なときは来てくれる。

――また会おうね。

ぼくは、人知れずつぶやいた。


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