見出し画像

悲しいいつかを、思い描いたとしても

くたくたになった。


体が。


心が。


悪い疲れじゃない。


心地いい疲れだと思う。がんばった、というか。


心の方は、色んなことを、悲しいことを考えて、泣くことも増えたけど。


悪くはないんじゃないかと、そう思った。

――おはよう。

――あら、おはよう。どうしたの。

――? なにか、変かな。

――寝ぼすけさんじゃないから。

――ああ。よく眠れるようになったんだ。この家は、とても静かだから。

――隣人を気にすることもないものね。お隣さんはいるけど、その、壁の向こうには、だれもいないもの。

――うん。……本当に、よく眠れる。

アルネは、肩をすくめて、それから、少し笑った。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――「それ」は、よく眠れるのとは、べつなのかしら。

――「それ」?

――ぐっすり眠ったのに、目を腫らしているのね。

――ああ……。今日もか。

――今日も?

――昨日も、ってことだね。

――きみは、嫌なことがあると、眠れなくなるはずだけど。

――うん、そうだよ。だから、嫌なことが、あったわけじゃないんだ。

――じゃあ?

――悲しいことを考える、というか、想像してしまって。

――一日経っても、二日経っても、目を腫らしてしまうくらいの?

――きっかけが、あったんだ。大切な人が、いなくなったらどうしよう。それも、何十年も先の話じゃなくて。とても理不尽に、命が奪われてしまったら。……決して起こりえないことじゃ、ないんだなって。

――それで、ずっと泣いているの?

――ずっと、ってわけじゃ。でも、ふと、考えるようになって。……なってしまって。

――原因はなんにせよ、突然別れが来ることもあれば……来ないこともあるわ。

――うん。

――それは、どうせ、わかっているだろうけど。

――……うん。

――それはそれとして、悲しくなってしまうのね。

――……しばらくは、そうかなあ。悲しいことが、待っているんじゃないかと。……そんな考えが、しがみついて離れない。

――でも、泣けるようになったのね。

――?

――どれだけ辛くても、泣きたくても、泣けなかったじゃない。

――ああ……そうだったかもしれない。でも、前からだよ。大切な人がいなくなったら、どうしよう、って。考えたら、涙が出てしまうのは。……自分のことだと、泣けないのかな。

――大切な人がいなくなるのは、自分事じゃないの?

――……そっか。そうだね。

――目、冷やした方がいいわ。

――うん。ありがとう、アルネ。

ぼくは、濡らしたタオルを固く絞って、目元を覆った。


もしかしたら、明日も、泣いてしまうかもしれないけど。


いつか来る未来があるとしても。


それまで、大切にできたら。


ぼくが願うのは、それだけだ。

この記事が参加している募集

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。