見出し画像

#同じテーマで小説を書こう 暗闇に響く、その声【ショートショート】【#40】

「……おおい!おーい!」

どこか遠くから声が聞こえる。男の声だ。声は反響しており、すこし離れた場所から呼びかけられているようだ。
声に呼応するように、次第に意識ははっきりしてくる。最初、私は自分がまだ目を閉じたままでいることに気が付く。同時に体のあちこちがあげる悲鳴が脳まで届き、痛みに突き動かされるように上体を起こした。

そしてゆっくりと目を開く。
あたりは真っ暗だった。

「おおーい!そこに誰かいないのか?」
「い……います、ここにいます!」

反響のせいで、どこから声が聞こえてきているのか良くわからない。目が慣れてくると、完全に真っ暗闇ではないことに気がついた。ホコリが舞っているものの、10メートルほど先の壁面に小さな明かりが見える。

しかし今いるあたりは、ほぼ暗闇といってもよく、間近に誰か居ても判別できたかどうか怪しかった。私自身、記憶が混乱しているようで、ここがどこで、何故ここにいるのかもわからなかった。

「大丈夫か?怪我は?周りに他の人はいるか?」
「いや……その、暗くてよくわからなくて。……あちこち痛いけれど、とりあえず動くことは出来るみたいです」

何も見えないまま、とりあえず手の届く範囲をまさぐる。足元は固く舗装されていているようだ。そして、その瞬間私は何が起きたのかを思い出した。多分、あれは、トンネルの崩落だ。

とはいえ、断片的な記憶のつなぎ合わせると、そうなのであろう、と想像するに過ぎない。私にわかるのは実家に帰る途中、トンネルに差し掛かった際に、車の振動とはまったく異質な「ゆれ」を感じたこと。その後、轟音とともに、何かが高速バスの天井に当たったような気がしたこと。そこから先はもう覚えていない。

道路の上にいることから察するに、窓から投げ出されたのだろう。

「そうか、よかった……俺はダメかもしれん。挟まれて動けない。妻がそのあたりに居ると思うんだが……」
「そんなこといわないで頑張ってください。すぐに助けが来てくれるはずですから。奥さんは……ちょっと探してみます」

ようやく頭が回ってきたのか、上着のポケットからケータイを取りだしてみた。しかし画面が割れたどころではなく、見事にひしゃげており、電源すら入らない状態だった。

「あんた、いくつなんだ……?」
「僕ですか?24になりました」
「……結婚は?」
「しています」
「そうか……子供は?」
「いや、子供はまだいません」

絞り出すようにぽつり、ぽつりと会話を続けていたが、相手の声がどんどん弱っているのを感じていた。いつ消えてしまったもおかしくない。私は少しづつ手探りをしながら、声に向かって近寄っていった。

「そうか……嫁さん心配してるだろうな……」
「あー……あなたも奥さんがと、さっき言っていましたね」
「そうだ、手違いで違うバスになってしまったが、並んで走っているはずなんだ。それで……そっちのバスに妻は乗っているはずなんだ」
「ああ、それで」

暗闇の中、仮に彼の奥さんが見つかったとしても無事かどうかなど確認しようもない。ただ、周りには何がが動く気配は全くなく、それ以上の追求をする気にもならない。ようやく壁際までたどり着き、左手で壁を触りながら歩みを進めた。

「そうですね、あなたは……お子さんは?」
「ああ……いる……男の子と……」

それっきり、声は聞こえなくなってしまった。

「おーい!……おーーい!」

返事はない。力尽きてしまったのだろうか。声がしていた場所はすぐそこだ。

あわてて壁を離れ、近づこうとしたところで、何かに足を取られ勢いよく倒れこんだ。足に当たる固いとは言えない質感。そして地面についた両の手が液体に触れたのを感じた。あわてて引いた手にそれは粘りつき、ムッとする鉄の匂いが鼻をついた。

「うわああああ……!!」

お願いだから私を一人にしないでくれ。そんな切実な願いが体中を駆け巡る。這いつくばりながらも、一歩、二歩と歩みをすすめる。急に強くのどの渇きを感じはじめる。呼吸が荒くなり、体温が上がっているのがわかる。いつしか、彼の元へ行くことが最後の希望のように感じていた。この辺りから声がしたことは間違いない。暗闇の中で一層目を細め、必死に辺りを確認する。


だが、そこに彼の姿はなかった。
そこにあったものは、2つ。

恐らくもう死んでいるだろう1人の女性。そして、その手に固く握られた、電源の切れたケータイ電話だった。

女性が最後の力を振り絞って通話を押したのか、何かの拍子で通話ボタンが押されたのかわからない。でも、彼の最後の通話は奥さんに通じていたのだ。私は反響するケータイの声に、引き寄せられただけだったのだ。

もう彼がどこにいるのかもうわからない。同じように事故にはあっているのだろう。だが彼が実際に話している声は聞こえていなかったから、別の空間に隔離されているのかもしれない。生きているのか死んでいるのか……どちらにしろ彼に会うことはもはやないだろう。

妙に冷静になっている私がそこにいた。この閉鎖された空間でただひとり、長い間、理性を保っていられるとは思えない。奇跡でもおこらないかぎり私も、遠からずこの暗闇の一部になるのだ。

握られたケータイを眺めながら、私はそう考えていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日も今日とてあきらと企画です。

なるべく人が書かなさそうな話にしようと頭をひねりました。もうひとつ、案だけ出したのでそれもそのうち形にするつもりです。

毎日更新やめてから「何気なく書く」という筋力が衰える一方なので、何かの企画があると筆がのるのでありがたい限りです。



#小説   #同じテーマで小説を書こう #声 #掌編小説 #創作 #ショートショート

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)