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〈霙混じりの雨が降る23時〉


今か今かと気持ちが焦り病院の駐車場で落ち着かない時間を過ごし23時前。

フロントガラスに打ち付ける霙混じりの雨の音だけが不定期に鳴り響く。

苦しそうな声で電話をかけてきた妻の合図で病院に入る。
コロナ禍を経て変わってしまった今までの仕来たり。
立ち会い出産も最小限。

待合室に漏れ出る女性の叫び声。
駐車場には私以外の車が無いから、恐らく、妻だろう。
こんな声を聞くのは、この節でしか無いが、普段聞かない苦痛であろう声に、動揺が走り始める。

助産師さんが、間も無く産まれそうなのでそろそろ中へどうぞ、と案内をしてくれて、意を決して面会すると、分娩台の上でもがき苦しむ妻の姿があった。

心電図のモニターを見ると、心拍数の表示の隣にもう一つ数字の表示があり、その数字が高くなると苦痛が走るのが解った。あの数字はなんだろう、と5秒くらい考えたけど全くわからなかったので諦めた、そんなこと考えている場合じゃない。

隣で苦しむ妻を横目に、手を握ってあげることしか出来ない夫のもどかしさ。
激痛であろう妻を横目に、もはや何も出来ない夫の無力さたるや。
一生男が経験出来ない衝撃に耐える妻の姿を見て、心拍数が上がってくるのを感じる。

何も出来ない男の無情さを押し殺しつつ、握る妻の手の爪が左手親指の根元に食い込んでくる。
これを耐えることでしか応える事が出来ない。いっそのこと親指くらい一本引きちぎって痛みが相殺されるなら、どうぞ喜んで、持っていってくれ。

主治医の先生が現れて間も無く、一瞬緊張が走り、産声が響いた。

なんとなく、兄弟上二人よりも騒々しく無く、落ち着いて地球に現れた赤ちゃんだった。
眩しそうに目を瞑り、開いては何かを探すように目ん玉を動かしている。
声はか細く、小刻みに震えながら助産師さんに抱かれる。

私も妻も、張り詰めた時間を終え、深呼吸と共に大きな安堵に包まれた。
長い長い真っ暗なお腹の中の旅を終え、よくぞ現世に飛び出してくれた、赤ちゃんよ、お疲れ様、ありがとう。その鳴き声は、お前だけのものだ。


こんな寒い日に、夜中にも関わらず対応してくださった助産師お二人と先生。
貴方達が居なければ、この命は無事では済まなかったと思うと、感謝の念が止みません。本当にありがとうございます。

真っ新な赤ちゃんをみて益々思います。
せめて日本の後世を少しでも軌道修正して、みんなが納得できる形でバトンを渡す事が、今生存する大人の使命なのだと。
大人は時代を紡ぐために一生懸命子供のことを考えて尽くす。
ただそれだけが大人の役割なのだと。

生命の誕生に興奮冷めやらぬ今ですが、心落ち着かせて、麦とホップを飲みながら文章を打つ今がとても幸せです。

いつもほんとに、ありがとうございます。

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