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苦しみを「出す」ということ。「受け止めてもらえる」ということ。

※自傷表現が含まれます。



久しぶりに、近況を。


首を切ってた私。


毎日切っていましたが、なんと、最近は


2.3日に一回、しかも切る本数が少なくなりました!


パチパチパチパチ👏👏👏


自傷することが減った!!!(۶•౪•)۶やったぁ


最初は、

「やらなくてはいけない」という感覚で、

次に、

「やった方がいい」という感覚に、

そして今は

「やらなくてもいい」という感覚になりました。


約3ヶ月間、、長かった、、。




苦しかった。

なぜ自分が首を切らなくちゃいけないのかも

分からなくて、自分を責め続けた。



でも、もうそんな自分も受け入れた。


切りたいなら切りなさい、死にたいなら死になさい


誰も、そんなこと言わなかった。

だから、自分で自分に言った。


賭けだった。


ほんとうに死のうとするかもしれない、


血管を切って病院送りになるかもしれないから。


でも、それもこれも全部「私」だから


その責任も負うからって。


苦しみを出そう、

きっと自傷は、見えない心の痛みを表現してるんだ


そうして、何も考えず切り続けた。


そして、気付いたら数が減っていて


力も入れられなくなっていた。


痛みが欲しかったはずなのに、


今はあまり痛みを欲してない。


苦しみをだいぶ出せてきているから、かな。


それと、受け止めてもらえてるから、だ。


それは、心理師さんにも、SNSで知り合った

フォロワーさんにも、受け止めてもらえたからだ。



彼ら彼女らは、物理的に私をどうにかしたわけ

じゃない。


ただただ、見守ってくれた。



心配してくれてるけど、干渉せず、見捨てず、

ただ見守る。


それが救いになったと、私は思っている。


いつか、自傷をしていたことを忘れるぐらい


やらなくなるのかな。


まだまだ2.3日に一回は刃を当てているし


血が出るまでやることもある。


それでも、なんだか心は晴れやかなのです。



見守っててくれて、ありがとうございます。



あかね


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