息をするように本を読む80〜朝井リョウ「どうしても生きてる」〜
朝井リョウさんの作品を読むのはこれが2冊目だ。
1冊目は有名なデビュー作「桐島、部活やめるってよ」。
読んだのはもうずいぶん前になる。
桐島という男子高校生が所属するバレー部をある事情で辞めたことで、周囲に連鎖的に広がっていく細波をオムニバス形式で描いた作品。
桐島が部活を辞めたこと、あるいは辞めたと聞いたことで、彼の周囲の同級生たちはそれぞれの事情や思いによってショックを受けたり納得したり密かにほくそ笑んだりと、さまざまな反応をする。そして、その波がまたあちこちへ広がったりぶつかったりして、思わぬ化学変化を起こす。
特にストーリーがあるわけではなく、ただ登場人物たちの隠れた本音や微妙な感情の機微を描いている。
問題の桐島は彼らの話の中に出てくるだけで、実際には全く登場しない。
自分の高校生時代を思い出してちょっと、あ、痛っ、となるところもあったが、面白いと思った。
それから10年。朝井さんは次々と話題作を発表し直木賞も受賞された。
ずっと気にはなっていたのだけれど。
この本を手にとったのは、文庫の表紙の揚羽蝶の羽化の瞬間のきれいな写真が目に止まったから。
そしてフォローさせていただいている、KANAさんが読んでおられたから。
KANAさんは、お料理、旅行、読書、トライアスロン、など、多彩な記事を書かれるスーパーレディ。その視点はいつも優しくて穏やかだ。
久しぶりに読んだ朝井リョウさんの作品は6篇からなる短編集だった。
読み始めて、少しだけ後悔した。
うわ、これは。
痛い。ヒリヒリする。
大した事件が起こるわけでもないこの6つの物語の6人の主人公たちは、それぞれに生きることに対して何か引っ掛かり(この言葉が合っているかどうかはわからないが、他に適切な表現が思いつかない)を抱えている。
直前まで能天気なツィートを上げていたのに、なぜか自死を選ぶ人がいて。そう、起こった出来事の全てにきちんと説明できるわけではない。この世で1番不可解なのは人の心。どう動くか誰にも分からない。もちろん自分にも。それが当たり前じゃないか。
どうして人は何にでも真っ当な理由をつけて、それを唯一の真実だと思い込むのか。
ネットにまるで大雨の後の濁流のように溢れ流れていく『有益な』情報。
今やるべきこと。これからはこうしなさい。絶対こうするべき。知らないと損。
毎回毎回スマホを開くたびに入れ替わっていく最新トピックス。それらを全部見ることなんてできやしないのに。その有益さ、正しさに窒息しそうになる。溺れそうになる。
「正しくあること」は大切だ。それによって人の世は成り立っている。だから正義と誠実を要求し、要求される。でも、大多数の人間はとりあえず今日を、そして次は明日を生きていかなければならない。老親の介護、子どもの学費、明日の晩御飯の段取り、洗濯物が乾かなかったらどうしよう。考えて決めなくちゃいけないことは次々と湧き、どんどん山積していく。世間でどんな風が吹いていようが構っちゃいられない。そう思うのはそんなにダメなことか。
人と人の繋がり。何でも言い合える間柄。そんなものが存在するのか。本当に何でも言い合ってしまえば、今まで築いてきた人間関係は崩壊するだろう。世間一般で言われる常識、相手に対する忖度、気遣い、自分のプライド、それを無くして本当の本音を誰にでも言えるか。言葉のふるいを通さずにまるで延髄反応のように思ったこと感じたこと、痛いときは痛い、不味いと思ったら不味い、って、そんなことが言えるわけがない。親しい間柄、大事な人であればあるほど人は口をつぐむ。結局は、言いたいことが言えるのは、どこの誰かわからない相手だけ、だったりする。
朝井リョウさんは、登場人物の感情の動きを拾い上げ、描写するのがとても上手い。上手すぎる。
思いあたることがたくさんあったり、思ってもみなかった鋭い指摘や分析にドキッとする。
ここに書かれた物語はどれも、全てではないがひとつの現実であるには違いない。
突きつけられたリアルは胸に突き刺さり心を削る。
何度か、これは抉られるな、と思った。
でも、なんとか少しずつ読んでいくうちに思った。
この人たちはどうしようもない現実の中で、もがきながら生きている。中には危なっかしい人、ろくでもない人もいるけど、どうにかして、生きている。
どう生きる?とか、なぜ生きる?とか、いう言葉が書かれたタイトルの本を書店や新聞の書評でたまに見かける。
私はこの、どう?とか、なぜ?とか問うことの意味がよくわからない、と思っていた。
とにかく生まれてきた。だから、生きていかなければならない。いつか死ぬ、そのときまでは。それだけだと、ずっと思ってきた。
よりよく生きる。
より、って、何と比べているのだろう。周囲の誰かと? 昨日の自分と? それとも自分が思い描く何かよりも、ということだろうか。
どうしても生きてる。どうやっても生きていく。たとえみっともなくとも。
それしかない。私もそう。
途中まではちょっときつかったけど、でも、読むのをやめようとは思わなかった。
読んでよかったと思っている。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
朝井リョウさんの作品で、もう一冊読みたいと思っているものがある。
でも、もう少し時間が経ってからにしよう。
やはり、この作者の作品は少ししんどい。心が削られる気がする。
でも、ときどき読みたくなるのだから困ったものだ。
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あけましておめでとうございます。
いつの頃からか年が改まるたび、目の前に芒洋と続く季節の繰り返しに、少し戸惑うようになりました。
時代の移りに急かされ流されないように、足下を見ながらゆっくり歩こうと思います。
2023年が、皆様にたくさんの佳き事を運んで来てくれることを願ってやみません。
今年もよろしくお願い致します。
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