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パルデアの歴史④ エキゾチック物質からエネルギー安保まで、様々な結晶体のモチーフ 前編

ブレイクスルーをもたらす結晶体をとりまくエネルギーや科学技術の水準および情勢とは?

 今回はポケモン世界の技術水準から、危険だが凄まじい可能性を持つ資源としての結晶体の位置付けを考えていきたい。

テクノロジーという物語の礎

 たまに「ポケットモンスター製作者らはそこまで深く考えていない」と言われることがあるが、個人的にはそんなことはないと思う。それは単純に、荒唐無稽なものはつまらないからで、私たちの認知能力は奥行きのないものには興味を示せない筈だからだ。とは言っても、あまりにも造り込みすぎることは、ピースのひとつひとつが一ミリ角の100万ピースのパズルが単なる塵の山にしか見えないようにあまり意味がない。つまり適切な奥行きがあるから、適切に世界を認知している大多数の人間に支持されるのである。その意味で、当シリーズの礎を築いた田尻智氏のゲーム設計は素晴らしく丁寧であり、その思想と手法は今も守られていると思う。

 特に彼の「その世界観の技術水準を守る」というルールは、基本的かもしれないが大プロジェクトの中ではメンバーに高い調査力や深い教養が共有されることが必須であり、かつそれらをまとめ上げるリーダーの困難は想像を絶する。そして田尻氏の時代から今作に至るまで、ブランド維持と売上への意識、世界中のプレイヤーから広告代理店まで本当に様々な内外の人間が関わる中で保ってきたことは驚きに値する。だが更に凄いのは、適切に作り込んだそれらをあくまでも主人公たちのジュブナイルストーリーのフレーバーとし続ける自制心である。

地味な軽トラックに見るパルデアの技術水準と生活

 例えば、パルデアには何台かの軽トラックがあるので内燃機関が開発されてきた歴史は存在しているようだが、ある程度デフォルメをかけた世界観とは言え、その車両の少なさから限られた範囲でのみ用いられていることがわかる。それが見られるのはオリーブ農園のあるセルクルタウンと、大穴を挟んだ反対側に位置するピケタウンである。その間を結ぶ道路は悪路ではあるが確かに最低限整えられていて、なるほどこんな点でも流通路と車というものの需要と技術の度合いが表現されている。

 そしてこのスペインのアウグスタ街道をモデルにしたのであろう、恐らく古代からあるが車の需要か供給がそこまではないためにあまり舗装は整えられていないセルクルタウン発ハッコウシティ経由の道を軽トラでゴトゴトと運ばれたオリーブがピケタウンに届き、当地の岩塩で塩漬けにされて鉱夫とその家族たちの夕食に供され、彼らがその日の鉱山の仕事で失った塩分を補って眠りにつくといった生活ぶりまで想像することができる。その間の大都市を貫く農業と鉱業という一次産業の町同士の豊かな繋がりが見える。

そういえば何故「オリーブ」なのだろう?

 そしてこういったことからは次第に「あれ?じゃあなんで肝心のオレンジ畑とブドウ畑はないんだ?」とか「ここまで現実を意識した世界観での結晶体は単なる魔法物質でいいのか?」といった物語のテーマの中核や語られない背景への興味が掻き立てられる

 軽トラックというたった一つの小道具の例でも、ここまで世界が作られている。適切な投資とその効果であり、それを理解しなくても我々は無意識にその奥行きを前にしていることを感覚している。そして小道具としてのそれらからどれ程適切に受信と理解をするかは、受け手次第という話でしかない。(電波にノイズは付き物なので、私のように頻繁に単なる妄想に陥るものもあるが。)

 そのように一見、ポケモン自体と何も関係がないのに、人々の生活に至るまで奥行きづくりを丁寧に行い、同時に大きな物語に繋げていく構造が見て取れる。後々パルデアの歴史を考える上でも、この点は絶対に外すことはできない。
 そういったことからまずは結晶体の絶大なエネルギーとは何かを、パルデア地方のエネルギー事情から考えていく。

ポケモン世界のエネルギー資源事情と「結晶体」の関係

ポケモン世界のエネルギー資源の偏りの気配

 パルデアにおいてもガラルにおいても鉱山の歴史があり、石炭や銅、鉄、金の存在は頻繁に言及、表現される。しかし「石油」の気配は小さい。パルデアに至っては軽トラックとほぼ獣道しかなく、あまりにも車社会が小規模である。初代カントー地方のクチバシティの港のやけに大型のトラックにしても一度作成されたのに意識的に消されていたわけで、明らかに物語の根幹には我々の世界とは異なるエネルギー事情の守られている設定がある。
 ライドポケモンや飛ぶポケモンがいるので輸送手段が発達しなかったという事情はあるかもしれないが、過去に遡るほどポケモンの操作が専門的技術を必要とし、かつ現代においても大量輸送に向かないのは明らかなので、近代においては車にも利便性はあったはずである。

 この問題については恐らく、植物は大量に存在するので「石炭」はエネルギー源となる程に存在するが、植物以外の主たる生き物であるポケモンの構造が我々の世界の生き物のそれと異なるので、堆積して「石油」となるものが少なかったのではないか。まあこの辺りはなんでもよいのだがとにかく出回っている絶対量が少ないのはどうやら事実である。
 重要なのは、少なくともパルデアやその他車の影が薄い地域においては、近代(我々の世界での産業革命時代を指す)を象徴する石炭より後のエネルギー源が見つからなかったのでは?ということである。「子どもの心象風景に車が出てこないだけでは?」と言われたらそれまでであるが、ひとまず現前するものを前提に考えていきたい。

 そして金と銀などわかりやすい貴金属を除く重い元素全般に言えるが「ウラン」について言えばもはや存在していないと言って問題なさそうなレベルである。石油量に制限されてエネルギー大量消費社会が到来しなかったためにウランの精製技術に到達していないか、もしくは我々の宇宙とは似ていなくもないが生成段階から若干パラメータが異なっていたことから超新星爆発の内容も違ったために、主人公ら人間社会のエネルギー事情が変わっている可能性がある。

結晶体は歴代ラスボスの苦悩への特効薬となるか?

 そもそも、ここまで毎回シリーズのラスボスたちが資源・エネルギー・環境問題について諸々こじらせてきながら、我々の世界において非常に深刻な問題を抱えるこれらの資源たちはほぼ存在していない。
 逆に言えば、意味不明に見えたローズ委員長の「千年後のエネルギー問題」というのも、石油やウランがほぼ存在せず、新エネルギー源の見通しも全く立たない我々の世界よりも圧倒的に逼迫したエネルギー事情からくる強迫観念の賜物だったのではないか。

 ポケモンの宇宙と我々の宇宙と初期条件が同じだったと仮定すれば、炭素に値するものの循環が異なり、エネルギーの多くがポケモンの存在のために占められてしまった可能性もある。
 そして各地方の指導者、企業、科学者らはなんとかポケモンやその根源からエネルギーを分離しようと躍起になっているとすれば辻褄は合う。

 すると本作の「結晶体」は、恐らくポケモンの根源に関わるものであり、その用途からして原子力や反物質といった「現代では制御しきれないエネルギー」の面影も多々見られる。そして本章では現代の技術水準の描写を守りながらも、次世代あるいはSF的な様々な技術への一時的なブレイクスルーを描く意図がある大風呂敷を広げた小道具の面を考えていきたい。

結晶体のSFあるいは科学技術的モチーフ

「エキゾチック物質」としての結晶体

 楽園防衛プログラムとの最終決戦のドーム状のタイムマシンの部屋の壁一面には、恐らくテラスタルエネルギーが宿されたパネルのようなものが隙間なく壁面中に敷き詰められていたが、あれはなんだったのだろうか。

 この世界の時空や次元移動は主に「ホール」であることから、博士のタイムマシンもまたホール形式であることが想定できる。マスターボールを何らかの通路を通し、通路の出口のポケモンを捕えるということである。
 状況からしてモデルは、理論物理学者のキップ・ソーン博士が、知人の映画監督が作るSF映画向けに考案した「ワームホール」を利用したタイムマシンがその一つであろう。

 具体的には、ある空間を極限まで歪ませると別の空間に通じるようになるというもので、彼はこれを「ワームホール」と名づけた。ワームホールは巨大な重力によって常に閉じようとするので、人間が通ることができない。そこで彼はホール構造を潰してしまう重力に対する、反重力的な物質が必要であると想定し、これを「エキゾチック物質」と命名した。「エキゾチック」とは、異国風だとか奇妙だとかの意味を持つが、この場合はほぼ「あったらいいな」の意味である。ソーン博士はこれをワームホールの中に詰め込んで、ひとまず閉じなければよいと考えた。要するに「物理的に無理のある通路を通るときは何か助けがいる」ということだ。

 そして何らかの「ホール」を通ることから思い出したいのが、もちろんサン・ムーンのアローラ地方のウルトラホールでの移動である。これを人間が何事もなく遠くまで進むためにはソルガレオとルナアーラが必要であった。そして彼らはそのどちらも光を発している共通点があった。ソルガレオは光を放っているのだから、ルナアーラがその対の存在であれば光を吸い込むだけでよいのでは?という気がするが、ルナアーラもモデルである月の性質を超えて、貯めた光を放つ性質を持たされていた。

 中途半端な設定にも思えるが、主人公が彼らを駆ってウルトラホールを進むことでホール内の「よくないエネルギー」を浴びて記憶を失うなどいわゆる「FALL」とならなかったことは、ソーンの理論と構造が似ている。要するに、彼らが発し続ける光のエネルギーには、ウルトラホール内にある何らかの「よくないエネルギー」に対抗する力があり、主人公を無事に生還させていたのではないか?ということである。そしてこの仮説では、そのソルガレオたちのエネルギーが、結晶体から発されるテラスタルエネルギーと同じものなのではないかということである。

 つまり、博士らはどこに繋がるかわからないウルトラホールではなく、目的に合った場所へ繋がる指向可能な「ホール」を開き、ソルガレオたちと似たようなエネルギーを放つ「エキゾチック物質のような」結晶体によって内部の人間に影響が出ないように、また閉じないようにしていたのではないか。そしてそれがゼロラボのエレベータと思われた乗り物の周りに配されていたとしても、もはや不思議ではない。

「核物質」としての結晶体

 ゼロの大空洞でエレベータに乗った際にブライアが話した「このエレベータはどこに向かっているのだろうね?」というのは、アルバート・アインシュタインの「エレベーターの思考実験」が想起される。物語の随所に見られる、物質の「核」にまつわる要素のうち「相対性理論」を支える「等価原理」を説明したものであり、ここから導ける「質量とエネルギーは変換可能である」ことを表したE=mc^2の方程式は、物質が少量でもそのエネルギーは莫大であることを示し、直後で大惨事を引き起こした核兵器、平和的利用として原子力発電の出現、未来の核融合技術の発想を暗示した。結晶体についても、エネルギーが強大で投資した企業が存在することが明かされており、発電などへの利用が可能ではあるものの、何らかの理由によって取り扱いが難しいという性質がある点から、モチーフの一つであると言ってよいだろう。
 そして現在も原子力発電によって我々の生活を支える前述のウランも、アインシュタインの理論を体現する元素の一つである。徐々にエネルギーを放射して別の物質に変化する物質は「放射性物質」と呼ばれるが、これはまさに「結晶体」と「テラスタルエネルギー」のそれである。そして時折大惨事を引き起こす現実の放射性物質が人間や動植物に照射されることで遺伝子が致命的に破壊されることに比べて、「多分、人間には害がない」という点で異なっている。

 ただし、パルデア、イッシュ、キタカミのどの地方(里)の結晶体にも「遮蔽の構造」がある。
 パルデアの大穴の結晶体は極めて深い場所にあり、上層にはそもそも中と外で時空が同一なのか怪しい霧のようなものが2層かかっている。構造的にはガボン共和国の天然原子炉のようである。キタカミにおいては若干不安感があるが水の中にあり、当地のモデルの東北が某重大事故に見舞われたこともあるが、天然の「燃料貯蔵プール」に見えなくもない。そして、唯一の人工構造物であるテラリウムドームはわざわざ莫大な建造費を以て海中に作られている。いずれも「水」と「距離」で隔てられる構造を持っている。いずれにせよ、タイプエネルギーに変換される前の結晶体を開放系においてはいけないのは確かなようで、確かに、ステラタイプのレイドが発生しているのは、ポケモンに対して直接テラスタルエネルギーが照射されるテラリウムドームだけである。こういった構造も現実の核物質の取り扱いに似ている。

図1. 常に水で遮蔽されている結晶体

 そして結晶体を巡る一連の流れも、「核」を意識しているように解釈することが出来る。

「覇権をもたらす資源」としての結晶体を巡る駆け引きと、主人公という救世主の存在

【ご注意】この章は他にも増して現実とゲームをごった煮にした「そんなことは誰も言っていない」ものであり特定の思想に陥りかねず時代錯誤で安直なステレオタイプに触れる文章です。

 前章で核としての結晶体について述べたが、藍の円盤編にて主人公と接触するブライアはこの件において非常に何かを象徴しているように見える。彼女はヘザーの子孫であり、実際に面影がある。ヘザーの被った汚名を雪ぐことに情熱を燃やしているような発言をしているが、どうも話している動機とやっていることが100%噛み合っていない。
 ヘザーの本は基本的に彼が見聞きしたもの、思いついたものを素朴に書いているだけである。そこには彼の書いたものが真実であること以外の主張はない。故にこれが偽りであるとの誹りを受けるのであれば、それだけを示せばいい。だが、それとは関係がなく恐らく何年も前から、シアノとブライアは大穴に入り、テラリウムドームの天井の球体の中に結晶体をもらい受けることを前提にした大規模投資を行っているのである。パルデア側が彼女の調査申請を断ってきていた経緯が語られるが、そもそもそういった交渉を行うのであれば「ヘザーの子孫である」という立場を明かすのは、科学者としての科学主義でも何でもない露骨な縁故主義であって、誠実ではない。彼女たちはあの手この手で調査を押し切った形になっているのである。

 ここで少し気になるのは何故この時になってパルデア側はブライアの調査申請を許可したのかということだが、恐らく博士の死が明らかになったことが契機であろう。長年大穴に陣取るパルデア側の人間であった博士が引き継ぎなく逝去しておりその上時間が経っていたということになれば、そもそもパルデアのポケモンリーグもアカデミーも何をしていたのかという話であり、強力な調査隊をすぐに組織できるという点で緊急的調査の名目をブライアに立てられてしまったということではないか。
 そして結果としてイッシュに利益を持つ人間たちが恐らく結晶体を主目的に押し切って入って来た形となったわけで、この国際的なエネルギー資源を巡る動きを見てしまうと、イッシュのモデルがニューヨーク州つまりアメリカ合衆国であることを指摘しないわけにはいかないのである。

 アメリカ合衆国と言えば、昨今の中華人民共和国の猛追にも屈せず、いまだ唯一の超大国とされる覇権国である。かの国は自国に大量のエネルギー資源の埋蔵量を持ちながら、中東地域の油田への権益をあらゆる手段を以て絶対的に防衛している。これ以上は言っても仕方がないが、米国との戦争で大日本帝国が最も苦しんだのもエネルギー源であった。この世で我を通すには何より資源とエネルギーとこれらに立脚する力である。そしてブライアもまたその影を背負って、早々に主人公に譲ってしまったテラパゴス研究とは関係のない文脈でイッシュの地に新たな資源とエネルギーをもたらすことになっているように見える。
 そこで何を画策しているかは、正直言って不明瞭である。よくわからない結晶体を天井にぶら下げます、というのが教育目的であるというのはよくわからない。何せ我々の世界であればどこかの学校の教師が体育館によくわからない放射性物質を吊り下げていると聞けばそれは異常事態であり、それが日本国領土内であったとしてもIAEAともしかしたらCIAが飛んでくる

 この世界においてもパルデアの教師をして「強いポケモンがいるから危険だ」という結晶体をわざわざ生み出している。結晶体で強くなったポケモンを相手にして子どもらのポケモン技術を高め、そして特定の教育内容の下でまとまった強いトレーナーを生み出すのが目的なのであれば、それは事実上の軍事集団である。いや、そんなことはこの世界においてありえるだろうか?とも思えるが、ポケモン世界の住人も数世代前までは普通にドンパチやっていたわけで、示される状況がとことんイヤなものなのである。だいたい横須賀…もといクチバシティに陣取るイッシュ人のマチスはどこの敵をビリビリさせていたというのか。
 そして「核物質」という観点からすると放射性物質に関する何らかの実験を海底で行うということは、ゴジラ作品でいまだ米国のビキニ環礁のそれが描かれるように普通に「水中核実験」と言える。状況のモチーフとして考えうるものがすべて不穏なのである。

 そして更に嫌悪感のある見立てを行うと、藍の円盤の最終局面は我々の立場を含む強烈な皮肉としての解釈が可能になっている
 それと言うのも、ブライアという米国の影を背負う人間に連れられて行ったのは誰だっただろうか。それは敗北のコンプレックスにまみれ、いまだモモワロウの毒の因子を体内に残していた可能性のあるスグリとその姉のゼイユである。昨今流行った国の擬人化コンテンツのラインから非常に穿った見方をすれば、戦後の日米関係の面影がある。だいたい、あそこまでテラパゴスを欲しがっている人間が手ぶらで「マスターボールを持っているなんて用意がいいね」などと子どもの判断に身を任せるはずがないのである。どこかでボールがスグリの手に渡るように手筈を整えていなければ出てこない台詞である。
 つまり、彼女自身は捕まえられず子どもに捕まえさせなければならない事情があったのであろう。恐らく「人の悪意」が宝に宿っていたことに気付かなかった古代パルデア王の失敗と同質のものであると推測されるが、この点は他の章に譲る。

 そして彼らはそれぞれの望みのためだけに、他人の土地の聖域に踏み入り他人の土地の秘宝を暴こうとする。構図的には帝国主義と植民地主義のオマージュではないか。ブライアが適度に離れたところから子どもであるスグリによく知らない道を案内させ、素手で危険なポケモンを捕まえさせようと指示する姿は、主人公やスグリがそれなりに強いポケモン使いであることとはもはや何の関係もなく、単純に極めて危険であり、「先生」を名乗る大人と保護下に置かれるべき子どもの関係性としても弁解の余地のない異常さである。
 これはパルデアのモデルの旧覇権国であるスペイン帝国のコンキスタドールが現地民の裏切り者を使役して侵略先へ案内させるような姿であるし、現代においてもメディアでよく聞かれる某同盟関係に対するある立場からの批判的描写の一つに例えても通ってしまう。凄いのが、パルデア帝国というスペイン帝国の似姿が手に入れられなかったものを、米国の似姿のイッシュから来た「明なる使命」に駆られた女に使役される、日本の「防人」の歴史と、エネルギーにまつわる大事故の歴史を持つ地をモデルとする里の出身の子どもという構図によって、現実の世界史における覇権の移り変わりの姿すら暗に描けていることである。
DLCとはいえ、その配役がわざわざパルデアと関係のない外部の者たちであることから、少し穿った見方をするだけで強めの米国批判のようなものが立ち現れてくるのでちょっと怖くなってくる。だがイッシュやキタカミという現実の存在の似姿を使っておきながら「今時そんな安直なステレオタイプを使うわけがないじゃないか」という反論一つで防衛できる形になっており、いわゆる黒いゲーフリの真骨頂…に見えなくもない。(自分自身も気をつける意味でもう一度提示するが「そんなことは誰も言っていない」のである。)

 ただ、この世界においては主人公という救世主が存在する。仮に主人公がいなければどうなったかということである。オモダカもしくは他のルートから何とかあおのディスクを手にし、スグリなど強いだけの生徒を引き連れてなんとかゼロの大空洞に辿り着いても、ブチ切れたテラパゴスにはマスターボールも通じず、太刀打ちできずにあのまま何らかの大惨事を迎えることになる。
 そして何事もなくスグリと主人公の仲直りで藍の円盤の物語は終わったが、大穴とテラスタルエネルギーの性質上はブラックホールの出現まで想定に入れなければならないものであり、恐らくテラパゴスとの闘いはポケモン世界にとっても崩壊に至る瀬戸際の事態であったと可能性がある。

 パッと見、散々盛り上げた話の最後に洞窟の底にいたよくわからない多少タフな小さな亀と小競り合いをして終わったような感じではあったが、ここで主人公がボールを主とせずテラパゴスと融和したことで、古代パルデア王に端を発し現代ではブライアとスグリに象徴される人間の浅ましさとその報いの連鎖を断ち切り、ポケモンの根源との関係破壊を防ぎ、結果としてかなり多くの者たちを救ったと考えてよいと思われる。
 要するに我々の世界では何度も最悪の結果を迎えたが、主人公は「この世界における初めての核爆発(的な事象)を防いだ」と捉えることが出来るのである。だいたい、スグリがモモワロウの毒素を抱えたままテラパゴスと関わり続けたらどうなっていたのだろうか。それこそ古代パルデア王の繰り返しである。本当にテラパゴス戦に絡む伏線は凄まじいことになっている。

 また仮にブライアが子どもを使わず映画のロケット団ばりに文明の力を行使してテラパゴスを確保したとしても、それはイッシュのポケウッドやアローラのウルトラホールが描く別世界の末路のような、ろくな事にならなかったであろう。やはり歴代の例に漏れず、主人公らには世界を理想に導く使徒の側面がある。

ゴジラ…でないよね?

 結局のところ事は大過無く終わり、ブライアは抜け目無くパルデアで発見されたテラパゴスをブルーベリー図鑑に加え、結晶体も運び出し目的は達成したが、ひとまず平和的に、恐らく今の所は安全に利用されている。

 ただし、テラリウムドームのボコボコと謎の泡を作り強力なエネルギーを人やポケモンに放射し続ける球体の姿は本当に大丈夫なのか?という気がしないでもない。
だいたい、ネリネが集めたテラスタルエネルギー由来の植物が、ひでんスパイスによってヌシポケモンたちに発現したものと同様の巨大化の効果をもたらしたらどうするのだろうか?

 核実験の放射線物質で生まれた巨大な怪獣が海から上がってくる、まさにゴジラの展開だ。
そういえば、夢か幻か同じイッシュのポケウッドで上映された映画「大怪獣」に出てくる「大バンギラス」たちが海から上がってくる展開は本当にただの映画だったのだろうか?海中でテラスタルエネルギーを制御できなかった未来のイッシュの一つだったのではないだろうか?
 この世界のセリザワ博士(ポケウッド「大怪獣」の登場人物。映画「ゴジラ」でゴジラと相討ちした芹沢博士のオマージュであると思われる。)はメカバンギラスという、メガバンギラスとテツノイバラの中間のような存在に執着し倫理観が狂っているようで、オキシジェン・デストロイヤーを作ってはくれなさそうであるし、非常に不安な点である。

 次回は結晶体のモチーフの後編としたい。博士AIのコンピューティング資源としての、また進化の秘宝としての結晶体について考えたい。

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