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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-9

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第8組 夏の香りが消える前に

第8レース 第9組 世界(青空)の共有

 拓海はじゃじゃ馬演奏を聴きながら、うーんと首を傾げた。
 自分の作った曲なのもあって、難易度高めの楽曲であることは認識しているが、ここまでぐちゃぐちゃになるとは思ってもいなかった。
 さすがに自分の耳が悲鳴を上げ始めたので、手を叩いて演奏を止めさせた。
 演奏が止んで、5人とも失笑を漏らして、各々視線を合わせている。
「ちょっと今日の練習はやめにして、話し合いの時間にしましょうか。わたしが奢るから、そのへんで何か飲みましょ」
「やったー!」
「奢るのはドリンクだけだからねー?」
 奈緒子が嬉しそうに笑ったのを見て、拓海は失笑しつつ、釘を刺す。
 そう言われた奈緒子は、てへっと舌をちろっと見せて笑った。
 拓海は眉をへの字にして、そんな彼女を見つめる。
 奈緒子は拓海の曲想を綺麗に解釈しようとしているのが窺えた。ただ、技量が伴っていないので、完璧ではなかった。
 メグミは自分なりに作ってきていた曲の世界観があったと思うが、奈緒子のピアノを聴いてそれに合わせようとしている節がある。この中では技術レベルは奈緒子の次に高いので、それも頷ける。
 チヒロはその人柄どおり、空気を読むのが上手だ。周りの音を聴いて最適な音を絞り出そうとしている。けれど、全員の方向が噛み合っていないので、迷子になっていた。
 問題はメインとならなければならないはずの薫と桜月だった。
 やっぱり、自分の曲では荷が勝ちすぎただろうか。
「桜月ー、もっと正確にリズム刻んでー」
 幼馴染だけあって、薫が歯に衣着せずに注意をして、チェロをケースに仕舞い始めた。
 桜月がずっと難しい顔で、手を動かしているのが見えた。
 リズムが複雑な曲だと思うので、桜月が苦戦するのはわかっていた。
 方向性は話し合えても、そこだけは本人の問題だ。
 彼女がこの曲を通して叩けるようになるかは、可能性に賭けるしかないだろう。
 薫は桜月のことを気に掛ける傾向がある。なので、彼女のリズムがずれれば、カバーするようにそれに合わせてしまう。そうすると、音をよく聴いているチヒロが薫に合わせてしまい、ピアノ・ヴァイオリン組とパックリ音がずれてしまう。酷い時はどうしてもそうなってしまう場合があった。
 メグミは奈緒子のピアノを愛しているのだろう。それだけは演奏からとても伝わってくる。
 奈緒子の描き出すキラキラ輝く星空に、彼女のヴァイオリンは三日月のように煌々と浮かび上がる。

 ファミレスに場所を移して、ドリンクバーで手打ちにした。
 奈緒子は移動がまだ不自由なので、チヒロが持ってくるよと優しく言い、飲みたいものを確認してから笑顔で歩いて行った。
 テーブルに拓海と奈緒子だけが残る形になった。
 奈緒子は何が楽しいのか、ニコニコ笑顔で肩を弾ませてこちらを見てくる。
「どうしたの?」
「月代さんの曲弾くの楽しくて」
「そう? だったら嬉しいかな」
「たぶん、こうしたいはず。こうだと思う。あ、でも、ここはもしかして違うかもって考えるのが楽しいんです」
「……そう」
「これまでずっと、譜面を読んで見えたものを弾いていたから」
「見えたもの?」
「私、子どもの頃から音符の妖精さんが見えるんです」
 奈緒子は少し周りを気にするように見回してからそう言った。少しだけ真面目な表情。
 拓海はその告白に内心ドキリとした。
「言っても馬鹿にされるから、これまで誰にも言ったことなくて」
「わたしには言っても大丈夫なの?」
「月代さんは、そういうこと馬鹿にする人じゃないですから」
「あら、信頼されてる」
「……月代さんも、その、そういうのみえるひとなんじゃないですか?」
 奈緒子の問いに、拓海は沈黙の笑顔を返す。
 答えてくれないのがわかったのか、奈緒子は足をブラブラさせながら、テーブルに視線を落とした。
「ずっと、妖精さんと遊んでただけなんです」
「え?」
「はじめてピアノを弾いた時からそれだけで。でも、中学に上がって少ししてから、妖精さんの言うとおりに弾いても、先生たちがあまり良い顔をしなくなって。それからずっとスランプ気味だったんです」
 あの学校の先生たちならそうだろうな。拓海は静かに心の中で呟いて、ため息を漏らす。
 ただ、彼女の話が本当なら、自分とは違うアプローチではあるけれど、同じようなものが見えている子なのかもしれない。
「苦しんでいたら、段々その子たちも見えなくなっちゃって。私、何のためにピアノやってたんだっけー? とか、たまに思って」
 へへ……と笑いをこぼしながらも、奈緒子の表情は少し重苦しかった。
「でも、俊平さんに出会って」
「谷川くん?」
「はい。一生懸命試行錯誤で頑張ってきて、それなのに大事な時期に怪我をして……それでも、そんなのないかのように軽やかに笑ってるのを見て、頑張らなきゃって思ったんです」
 確か、俊平も同じようなことを言っていた気がする。
「私はただ妖精さんと遊んでいただけで、試行錯誤なんてしてなかったじゃんって」
「そっか」
「頑張るだけ頑張った結果じゃないなら、まだ続けてもいいのかなって」
 奈緒子の言葉に、怒りに任せて鍵盤を叩く過去の自分がフラッシュバックした。
 クラリとめまいがして、拓海は自分の頭を押さえる。
「月代さん?」
「あ、ごめん。ちょっと昨日暑くて寝れてなくて」
 半分嘘の言い訳を笑顔で言い、拓海は奈緒子に視線を向けた。
 奈緒子は少し心配そうに目を細めてこちらを見つめていたが、拓海が笑顔を返すので、話を続ける。
「月代さんに出会ってから、妖精さんたちがまたちょこちょこっと顔を見せてくれるようになったんです」
「へぇ」
「しかも、いつもだったら”ここをこうだよ”って話してくれてたのに、”この人の曲はわかりにくいね。奈緒子はどう弾きたい?”って相談してくれるようになって」
「なるほど」
 奈緒子の言葉に納得して、拓海はあごに手を当てた。
 初見譜面でも、それなりの解釈をしてキーボードを弾きこなしたのにはそういうカラクリもあったのか。
 あの時は彼女の言葉的には見えていなかったのだろうけれど、いつも妖精さんならこう言ってくれた、を辿って弾いたのかもしれない。
 自分が彼女の演奏に光を見た気がしたのは、それでだったのか。
 少し考えてから、奈緒子に問いかける。
「ナオちゃんは今練習してる曲のことはどう考えている?」
「……夜闇の中小舟を漕いで沖に出ているような。そんな情景が浮かびました」
 やっぱり、彼女はフィーリングが良い。
「漕いでいる間に段々星空が綺麗に浮かび上がって、ほっそりとした三日月」
 奈緒子の演奏を理解してメグミが合わせたイメージに合っている。
「夜の海の大冒険」
「うん」
「そして、最後は夜が明けて、綺麗な青空」
 綺麗に感じ取ってくる奈緒子に、拓海はゴクリとつばを飲み込んだ。
「……でも、私には、月代さんが描き出したい青空を表現するだけの技量がなくて」
 みんなが演奏を中断している中、1人だけ止めることなく、果敢に最後まで挑もうとした時のことを思い起こして、拓海は笑う。
 頑張って弾いているのは伝わってきたけれど、確かに自分の思い描いた青空には程遠かった。
 けれど。
「体育館借りて練習した時、鳥肌が立ったよ」
「え?」
「この子はわたしの曲をきちんと捉えようとしてくれてるってわかったから」
「 ! 」
 拓海の言葉に奈緒子が大きな目をまぁるく見開いた。頬がほこほこと上気しているのがわかる。
「正解。曲想としては100点満点」
 奈緒子の顔の前ですいと指を動かして、花丸を空間に描いた。
「ナオちゃん、今の技量で、それをどこまで深められるのかを考えて」
「え?」
「技術は一朝一夕では身につかないし、無理して練習量を増やすことは望ましくないから」
 奈緒子の鼻を人差し指でちょいとつついて、拓海は笑いかける。
「そこまでわかっているのであれば、あとはみんなとその話をして。わたしからは言うことないので」
「月代さん、気を遣ってませんか?」
「……はじめに言ったじゃない。あなたの描き出すわたしの曲が見たいんだって」
 にっこり微笑みかけると、奈緒子が照れたように視線を逸らして、ツインテールの片方を弄び始めた。
 チヒロがお盆にドリンクを乗せて戻ってきた。
「時間帯が時間帯だからか混んでました。月代さん、アイスティーでいいですか?」
「あら、わたしのも持ってきてくれたの? ありがとう」
 丁寧に拓海の前にコップを置いてくれるチヒロ。奈緒子の前にはメロンソーダが置かれた。
 少し遅れて、メグミたちも戻ってきた。
「薫さん、絶対、それやばいですよ。変な色してるもん」
 メグミの言葉が気になって、薫の手元を見ると、確かに、何を混ぜればそんな色になるのかと思うほどのミラクルカラーになったコップが握られていた。
「えー、それがいいんじゃん。せっかくのドリンクバーなんだし」
「飲めないって言ってこっちに押し付けてこないでよね」
「桜月さん、フラグ自分から立てちゃダメですよ」
 メグミがケラケラ笑いながら歩いてきて、仲良し3人組で固まって座る。
 メグミは全く人見知りをしないので、薫・桜月とも今や打ち解けてしまっている。
 バンドの演奏を噛み合わせられるのは、おそらくこの子だろうな。
 拓海は10代の子たちのやり取りを眺めながら、そんなことを思った。

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