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男の女装、女の男装の魅力と限界。

男性が女性の恰好をすることを女装、女性が男性の服装を着ることを男装といいます。これだけ寛容な世の中ですから、今の日本では好きなファッションで街に出ることはかなり自由になってきていると思います。

ところが同じ自由でも、女装と男装とではやや意味が異なります。女性がベリーショートの髪型にして、男性のようなスラックスを履いて、メンズ物の腕時計を腕に通す。度合いにもよりますが、これを男装と呼ぶ人はほとんどおらず、かなりメンズ寄りのレディースファッションだと認識されるでしょう。

これが男性となると、事情が異なります。セミロングの髪型で、ピンクのマニキュアをして、スカートにパンプスを合わせたら、誰が見ても明らかに女装でしょう。一般的に男性に許されたレディース寄りは、せいぜいTシャツ、ニットやジーンズくらい。これ以上に女性的になると、違和感の目線に晒されます。


では、女性は得をしていて、男性は差別されているのでしょうか。いちがいにそうとはいえません。男性がスカートを履いたりワンピースを着るのは法律的にはまったく自由で、倫理に反するわけでもないので、ハードルは高くてもその高みによじ登る自由はあります。

女性のファッションの幅はとても広いですが、逆にいえばそうそうオシャレをしたところで男性的と認識されることはありませんから、結局は根本的なその人の持つセンスや身体的なスペックに依存するという構造自体は変わりにくいともいえます。



クリスチャン・ザイデル氏の『女装して、一年間暮らしてみました。』に実体験に基づく女装の魅力と限界が赤裸々に綴られていますが、男性が女装することの意味は「男という殻」を脱ぎ捨てることにあります。この殻はとても頑丈でしかも強固な認識として共有されているので、そうそうなことで破ることはできないのです。

しかし見方を変えると、この殻自体が男性同士の絆を深め、いわば女性を排除することで、経済社会における優位性を堅守する役割を果たしているため、男性たちの多くは殻の中に閉じこもる息苦しさを感じつつも、不安に苛まれてぶち破ることはできない。反面、経済とか権力と密接に結びついているという点では「男性特権」でもあるので、あえて男性はスカートを履く必要はないと考えるのです。



ところが、世の中は変わりつつあります。男性がスカートを履くのはおかしい、人間として恥ずかしいことだという概念が崩れつつあり、むしろファッションの自由だという受け止めが、まだ少ないとはいえ、じわじわと芽生えつつあります。

こうなると、構図は変わってきます。女性がメンズ物に身を包んでも男装にならないのは、そもそも自由なファッションを嗜むことができるのが、ある種の「女性特権」と目されてきたからです。だから、紳士たちは基本女性の服飾には首を突っ込まない。

誤解を恐れずにいえば、「男性特権」と「女性特権」はトレードオフの関係です。男性が女性のような恰好で外出すると違和感を浴びるけれども、女性が男性のようなファッションをしようがそれほど問題にはならない。穿った見方をするなら、男性特権を持ったまま女性化することの一挙両得的な不合理と、女性が男性化したところですぐに男性特権を帯びるわけではない実態との、バランス感覚なのかもしれません。



このバランス感覚は、経済社会において女性の地位が向上し、文字通り重要なポジションを占め、男性を凌ぐ経済力を手にすると、確実に変容することになります。女性たちが、社会的な構造の変化として、ある種の「男性特権」を帯びるようになった状態へ。こうなると、良くも悪くもドレスコードによって男性と女性とを識別・区別する根本的な意味は揺らぎます。

今の世の中は、この揺らぎの状態だと私は考えています。男性がメイクするようになった、ファッションも変わってきたと論評されますが、このトレンドの変化の本質は、「男性なるもの」と「女性なるもの」にそれぞれあてがわれてきた社会的なコードが、確実に変化してきたことにあるように思います。


この変化は、まだ始まったばかりです。女装や男装自体が社会的な禁忌とされ、倫理的にも望ましくないとされるような風潮は、確実に弱まっていくでしょう。反面、一直線にそれが容認され受容されるようになるわけでもなく、しばらくは世の中の移ろいのバランス感覚の中で、じわじわと多様性の幅が広がる時期なように思います。

社会が寛容になり、自由になるのは素晴らしいことですが、それをただ与えられた権利として謳歌するのではなく、差別の解消や格差の是正といった社会的なテーマと奥底でつながっていることを意識して、自分らしい表現によって何ができるのかを考えながら、日々を送っていけたら幸せかもしれません。

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学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。