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深く考えるのはやめよう〜人生、殆どのことはなんとかなる〜

生きている意味を探すとか
生きづらさを感じるとか
そんなふうに自分自身を追い込んてしまう。

そんな人たちが今の時代は
多いようだね。

オレは子どもの頃から同性が好きで
いわゆる「性的マイノリティー」だと
ずっと思って生きてきた。

特にカミングアウトしたわけでもなかったし
知っていたのは親と兄弟くらい。

だけど、生きづらさを感じたことなかったし
それでもそれなりに楽しかったさ。

特に自分のそうした嗜好に悩んだことも
なかった。

周りには気付いていた人もいたかもしれないが
それで特に何かしらの被害を被ることも
一度もなかった。

オレは物事を深く考える性格じゃないし
殆どのことは何とかなると思って
生きているから、感じてないだけかもしれない。

こういう自分を引け目に感じたことないし
同性愛に悩んだこともないね。

申し訳ないが、女性に対してなぜだか
物凄い嫌悪感を持っていたし
そういう行為をすることさえ
心底考えられなかったんだよ当時はね。

そんなオレがさ、ある出会いがきっかけで
これまで長くマイノリティーとして生きてきた
考え方がひっくり返るんだよ。

人生なんて、そんなもんじゃないか?

女性っていいなぁって思いはじめてから
不思議なことに、女性から興味を持ってくれる
ような出来事もあったし。

こんなオレを、本当に好きになってくれた
そんな女性も現れた。

心から嬉しいと思えたよね。

まだ、異性愛になった自分と過ごして
たった5年程。

それまでの、40年以上の人生のなかでも
あんなに誰かから好きになってもらえなかった
こんなオレが、たった5年でそういう
熱い経験ができた。

これこそ、人生の面白さじゃなかろうか。

何が起こるかわからない。

あまり悩んだり後悔することないオレだが
今思うことは、もっと早くにこういう経験が
出来ていたなら、違う人生もあったのかな。

そんなふうに思ったりもするね。

結婚して、子ども育てて
そんな人生を想像してみたりもする。

でも、それにはあまりにも
そう、あまりにも年をとりすぎた(笑)

今さら、需要なんてない。

でもね、これもオレの人生なんだと思うし
悲観的になってはいない。

性的マイノリティーだった時の自分も
オレは全然変だとは思ってないし
その時はその時で楽しかったし
楽しんで生きてきたって思う。

考えても解決しないことは
悩んでも仕方ない。

この考え方が基本オレのなかにある。

その時その時の自分を受け入れて
そのなかでどう楽しく生きていくか。

そうやってオレはこれまで生きてきた。

人生なんてさ、うまくいかないことばかり。
いや、それが基本なんだよ。

自分の思い通りになることは少ない。

だけど、そんななかにも小さな幸せや
新しい発見があったりする。
だから、楽しいんじゃないかと思うよ。

もうすぐ生まれて半世紀。

これから、どんな楽しいことが
待っているだろうか。




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