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優しさのトビラ

そこに3つのトビラがありました
トモはどこに入るか迷ったけど
三つともくぐってみれば
どこから入っても同じだと左から入ることにしました

左側のトビラ

左側のトビラをくぐると
一人の女の子が立っています
「アナタを待ってたの」
トモは聞きます
「なんで?来るかわからないのに?」
「来るよ。トビラの前に立った人は必ず、どこかに入るもの」
「どこかじゃ、君の所に来るとは限らない」
女の子がコロコロと笑いました
そしてトモを覗き込みます
「貴方に必要なものをあげるね。この部屋をあそこの扉から出てみて」
トモはさほど広くない何もない部屋からトビラをくぐってでてみます

そこは広い原っぱでした小川が流れて
空には雲がのんびりと進み
程よい心地の温度をくれる太陽が輝いていました

「あー、気持ちいい。こんないごごちのいい気温は久しぶりだ」
水のせせらぎ
優しい太陽
静かな風
渡り香る草の匂い
それらがそこにはありました
小一時間もするとトモは他のトビラのことを思い出し
部屋に戻ります
女の子はいません

その代わり机がひとつありました
そこには
「ありがとう」
そんなメモが置いてありました
トモは
「自分こそ、ありがとう」
そうつぶやいて、その部屋を後にしました


真ん中のトビラ

真ん中のトビラをトモは次にくぐりました
そこには誰も居ません
やはり何もない部屋の向こう側のトビラを開くと
そこは広い畑の用でした

畑をじーっと見ていると
一人のおばあさんがおいでおいでしています
トモは体重たげに近づいていくと
そこはキュウリの畑の様でした

おばあさんはキュウリをもぎとると
自分の服でキュウリを拭いて
トモに渡します
「取り立てだよ。食べてみ」
トモは一瞬躊躇します
正直、洗いたい。汚い服で拭かれただけのキュウリに
抵抗感があります
それでもおばあさんがじーっとみているので
思い切って口に入れました

「あれ、キュウリってこんなにおいしかったっけ?」
トモはけっしてキュウリが嫌いではありません
でも好きと言うには地味な食材だと思っていました
キュウリの丸かじりでキュウリを美味しいと思う
初めての体験と自分の感覚に驚きました

おばあさんがにこにこしています
トモは少し照れながら
「美味しいよ、これ。ありがとう」
そう言って部屋に戻りました
すると部屋にはまた机があって
ちょっとした料理のセットが置かれていました

キュウリを食べて
お腹が空いてたことを思い出したトモは
ありがたく、そこの料理をいただきました

右側のトビラ

最後のトビラを開くと
そこに血まみれの人と
包丁を持って棒立ちになってる人が居ました

トモは一瞬竦んだ後
逃げなきゃと判断します
トビラを戻ろうとしますが開きません

包丁を持った人が近づいてきます
慌てて向こう側のトビラをくぐりました

そこには・・・

たくさんの包丁をもった人たちがひしめき合っていました
一人が前にでて
「許して?」
と言いました

人殺しが許してもあるものか
トモはそう思いました

「私ね、介護に疲れてしまったの」
もう一人が前に出て
「俺はね、婚約詐欺にあった」
「僕も彼女には5人も深い仲の彼氏がいた」
「私ね、働けなくて・・・子供を差しちゃった」
次々とくる告白は
決して許される行為ではないけど
哀れに思う事情ばかりでした

許して・・・
部屋のあの人はなんで殺したのか気になって
トモは部屋に戻ります

そこには包丁を持ってた人が立ってました
包丁はもう持っていません
「どうして、さっきの人差したの?」
トモは思わず聞いていました
「自分が許せなくて・・・」

ああ、あれば自分自身・・・影みたいなものだったのか
「許してあげなよ。他人はわからないけど
自分だけは自分を許して上げれると思う」
「自分だから許せない・・・」

忘れていたこと

トモはその言葉を聞いた瞬間
自分が涙を流してることに気づきます

ああ、この人は自分だ
今の自分だ
自分を許せないと思ってしまったのは自分だ

そうするとトビラが開きます
女の子が入ってきました
トモにしがみついてきて言います
「貴方が貴方を許せないなら私が許してあげる」

トモは呆然と女の子をみます
「君は何者?ここはどこ?」
「貴方は大事なものを3つの扉から見たはず」
「大事なもの」

トモは思い返します
心にゆとりが持てるような自然
お腹を空いてる事を思い出させてくれたキュウリ
自分より余程辛い思いを抱えて許しを請う人たち

「忘れてたでしょ、いろいろ
でも、思い出したよね
大事なもの、優しい気持ち
自分を許してあげて
他人を許してあげて
貴方にはそれがまだできる余裕がある」

余裕なんて全然ないのに
でも、確かに
心地よいと思った
美味しいと思った
悲しすぎる結果だねと思った

そか、自分にはまだ思う余裕があるのか

優しい気持ち
そう、女の子は言った

自分にも優しく
他人にも優しく
自然にも優しく

ああ、なんて難しい事だろう
でも、できたらなんて素晴らしい事だろう

女の子が言います
「そろそろ、時間なの
今度は生き間違えないでね」

トモは白い光に包まれていきます

「今度は幸せな人生が待てますように」
女の子が祈りながらつぶやきます

女の子のそばに、おばあさんが来ました
「ここは天国と言う名の地獄
私たちはもう生まれ変わることさへ許されなくなった存在・・・」
「もう私も誰も許してくれない
だから来る人たちはゆるしてあげたい
そうすることで、その人たちは生まれ変わる・・・だよね?ばば」
「そーゆことじゃ、くぐるトビラの順番は関係ない
見るものはその者にあわせてそのものが必要な順番であらわれるからのー」

「さて、次の許されないはずの人の来訪まで
お茶の時間にするかのー」
「はーい」

2022.12.08 短編小説 御等野亜紀


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