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もう一人の私を探して 第2章

小さなランプを携えて、私は真っ暗闇の地下へと降りていく。弧を描いたような階段は地下の奥深くまで通じていて、私はただひたすらそこを歩き続ける。周囲はコツコツと響く私の足音しか聞こえない。長い間それだけを聞いていると、気がおかしくなってしまいそうだ。

ようやくたどり着いた地下の奥底には期待するようなものは何もない。たいていが使い古されたガラクタばかりでどれも役に立ちそうにないものばかりだ。私はガラクタには目を向けずに壁に手をあてて、それからコンコンと叩く。そうすると、音が微妙に違っているところが分かるのだ。妙にかん高かったり、低すぎるところを見つけたら、そこをぐっと押してみる。すると、壁が奥に動いて、新しい道が現れる。

私はその道を真っ直ぐ進んで巨大なスクリーンが用意された部屋に入り、その人間の記憶の断片を観る。

人間の記憶というのはストーリー性のあるものではない。前後の脈略が全くないものが連続して映し出されていく。音や色はもちろんあるが、どれもとりたて美しいというほどのものではなく、いたって平凡なものが多い。会話だって、何か素敵なやり取りがあるわけではなく、どれもが退屈なやり取りばかりだ。

いったいどうして人間たちはこのようなたわいのないものをこんなに地下の奥深くに仕舞い込むのだろうか。それも誰にもみつからないように厳重に隠そうとして・・・・・・。私には彼らの意図が全く分からない。

だが、そんなことはどうでもいい。私の仕事はその人間が絶対に見つけられないように隠している記憶の断片を見つけて、漏らさずに記述することなのだ。もっともただ見たまま記述すると全く味気ないものになるので、ある程度の脚色することは許されている。事実を変えるのはルール違反だが、事実と別の事実とのつながりを自分なりに推測して書くのはいい。この塔ではそういうルールが暗黙の了解となっている。

私は脚色がとても得意で、これまで何でも高い評価を受けてきた。そのおかげで全然マジメじゃない私でも、それなりの暮らしを維持することができている。

その日も、いつものように私はある人間の過去の断片をスクリーンを通して見ていた。現在ではもうすっかり高齢になっている人が、映像のでは若い人頃の姿で映し出されている。

男はその頃、現在の妻とは別の女性と付き合っていたらしい。二人で訪れた場所や、そこで交わした言葉がフラッシュバックで再生されている。私はそれを一通り見終わった後、本の中に女との出会いや、いっしょに訪れた場所、会話などを詳細に書き留めた。そして最後に女がある日突然消えて、男が愕然としたことも。

男はそのとき、女のことをひどく憎んだ。どうして自分を捨ててどこかへ消えてしまったのか。あんなに将来を約束したのに、どうして自分だけを残して、と。だが、男は結局女のことを憎み通すことはできなかった。男は女のことを心の底から愛していたのだった。

たいていの場合、私は人よりも早く一冊の本を仕上げることができる。他の人たちは、とてもマジメであるがゆえに事実と事実の間をつなぐ部分にとても時間がかかってしまうようだった。

私は最初人よりも早く本を提出しているようにしていたが、あるときもっと良い方法があることを思いついてそれをやめた。

本が早く出来上がっても、まだ出来ていないフリをして人間の記憶の中に居続けるのだ。もっとも同じ映像を何度も見続けるほど私は暇人ではない。私はもっと刺激の強い、そしてかなり危険な遊びを見つけてしまったのだった。

その遊びとはスクリーンの中に直接入り込むこと。つまり、その人間の過去へ直接入り込み、リアルタイムでその人間のいた世界を体験することだった。

言うまでもなく、これはかなり危険な行為だ。見つかれて私はすぐに処分されてしまうに違いない。私たちは上司から度々スクリーンには触れないように注意を受けてきた。一度触れて向こうの世界に行ってしまえば、二度と出られなくなってしまうから、と。

しかし私は以前からそれが嘘であることを知っていた。私の先輩の一人は、スクリーンに触れても何も起こらなかったと密かに教えてくれた。そればかりか、スクリーンの世界に入っても再び戻ってこられるとも語っていたのだ。

あるとき、私が実際に試してみると、先輩の言うとおり、スクリーンの中には何の問題もなく入っていけた。透明なカーテンの中を通り抜けるような感じで、簡単にすっと入っていける。もとに戻りたければ再び入ってきた場所に戻ればいい。

そのことが分かってから、私はなるべく早めに本を仕上げて、スクリーンの中の別世界で散策することを楽しむようになったのだった。

<続き>

もう一人の私を探して 第3章

<前回の話>

もう一人の私を探して 第1章



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