鴻巣友季子  『翻訳ってなんだろう?』

★★★☆☆

 ちくまプリマー新書から6月に出た本作では、誰もが知っている古典を通して翻訳とはどういうものかを紹介しています。いわゆる英文和訳とは次元のちがう、広くて深い翻訳の妙技が詰まっています。

『赤毛のアン』、『嵐が丘』、『風と共に去りぬ』など10作品が原文、解説、訳例の順で著されています。
 ぼくは原文だけを読み、実際に訳してから解説を読むという読み方で読破したのですが、なかなか有意義な体験でした。

 まず作品の選択がよいですよね。著者が実際に訳されているものも含まれているので解説に信頼が置けますし、セレクトにあまり偏りがないと思います。誰が見ても古典名作文学。

 不満をあげるとすると、語学的な解説(文法的な説明)があまりないところでしょうか。
 翻訳する上での視点や技法、つまりは原文の「読み込み方」の方に分量が割かれているため、文法的解釈はあまり出てきません。そのため、ある程度英文法をクリアしてる人でないと、読むのがむずかしいのではないでしょうか?
 掲載している原文はそれほどむずかしくない箇所を選んでいるように思われますが、それでも英語が得意な人でないとハードルは高い気がします。

 似たような構成の本に、柴田元幸『生半可版 英米小説演習』と『翻訳教室』(共に朝日文庫)があります。
 僕はどちらも同じように訳してから読んでみましたが、いちばん解説が丁寧だったのは『翻訳教室』です。とにかく、単語やフレーズ単位での解釈の仕方が対話形式で記されているので、英語力が低くてもがんばればついていけました。
 柴田元幸ゼミの体験ができるといっても過言ではない濃い内容になっており、ものすごく勉強になります(ページ数も多いです)。
 やる気さえあれば、買って損はありません(というか、これで千円はコスパよすぎです)。
 翻訳に関する概要がまるっと学べると思います。すごい。

 それに比べると、本作はややざっくりしすぎかと思いますね。新書なので、そこまで詰め込めなかったのかもしれませんが。

 個人的な意見ですが、小説の文章は新聞や雑誌の記事などに比べると自由度が高いため、きちんと読むのが難しいと思います。本作でも触れられていますけれど、視点や心情や言葉遊びなど情報伝達以外の要素が多く含まれるため、小説を読む際にはより深く読み取る必要があるからです。行間から読み取らないといけない情報が多いともいえます。
 さらには、くだけた表現や書き手の個性(文体)も千差万別なので、一筋縄ではいかないことが多いです。

 そういったことを踏まえると、もう少し文法的な説明があった方が親切な気がしました。とはいえ、小難しい文法話が出てくると、読者の間口を狭めるかもしれないので、良し悪しはあるでしょうけども。

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