マーティン・アッシャー 『フィリップ・マーロウの教える生き方』

★★★☆☆

 レイモンド・チャンドラーの長篇7冊を訳し終えた村上春樹が記念的な意味合いも含めて出したフィリップ・マーロウ名言集。
 ニューヨークの出版社クノップフ(ランダムハウス)で長年編集者を務めていたマーティン・アッシャーが、フィリップ・マーロウものの長短篇から集めた引用句を編集した本作では、多種多様なジャンルごとに、長短様々な文章が並べられています。

 チャンドラーといえば比喩やアフォリズムに満ちた言い回しが巧みですが、そうした要素が存分に味わえる一冊です。
 薄くて小さい本なので、すぐに読み終わってしまう分量です。この手の本は気が向いたときに手にとって、適当にパラパラとめくると、興味深い一節に出会えそうです。

 原書には『高い窓』と『プレイバック』からの引用がなかったため、その二冊から村上春樹が選んだ引用も巻末に付記されています。
 もともとチャンドラーの文章からの引用ですし、訳者も同じなので、トーンが統一されており、まとまりのある一冊に仕上がっています。

 チャンドラーに対する深い愛情と敬意を感じさせるよい本だとは思うのですが、個人的なことを言うと、この手の本はあまり好みではありません。
 ニーチェの言葉を集めた本など、最近では箴言集がたくさん出ていますけれど、一冊の本の中の一節をとりだして、集めてべつの本として出版する行為自体に首を傾げるところがあるのです。そういうのは、読み手が各々で書き出したり、付箋を貼ったりすればいいことのような気がするからです。

 上手い言い回しを求めるなら、それこそ広告媒体を漁った方がいいと思います。コピーライターこそそうしたジャンルを専門に扱っているはずです。

 小説に出てくる言い回しを文脈と切り離して並べるのには少し違和感があります。前後から切り離してしまうと、意味が変わってしまうかもしれませんし、下手すると、まったく違った意味に捉えられかねません(ネット記事の見出しみたいに)。

 文章に限らず言葉の意味は文脈とは切り離せません。切り離して成立することもあるけれど、成立しないこともあります。引用自体がタブーなわけではありませんが、相当デリケートな行為だという認識は必要だと思います。

 もっとも、本書に関してはそういった心配はないと思います。ただ、一般論として気になった次第です。
 とはいえ、こういった本は取っつきやすく、ここからチャンドラーの小説を手に取るきっかけになるかもしれないので、間口を広げる意味では大切かもしれません。キャッチーな本であることは確かですから。

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