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多和田葉子 『献灯使』

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★★★★☆

 2014年に刊行され、2018年に英訳版が全米図書賞の翻訳部門を受賞した本作。僕は2017年に刊行された文庫本で読みました。

 なんとなく手に取って読んでみたのですが、数ページ読んだだけで衝撃を受けました。言葉の選択と紡ぎ方の独自性、つまりは文体のオリジナリティにガツンとやられてしまったわけです。僕があまり日本人作家の本を読んでいないせいかもしれませんが、こんな文体の小説は読んだことないぞ、と。

 収録された5作品はすべて、何かしら大きな災厄が起こったあとの設定になっています。おそらく、東日本大震災と福島原発の事故から着想を得ているのでしょう。

 表題作は大災害に見舞われたあとの未来の日本が舞台となっています。鎖国をしている日本で、死ねなくなった老人の作家と、生命力の弱い曾孫を軸に話が進みます。
 タイトルの「献灯使」からして「遣唐使」をもじったものですが、そこに象徴されるように、社会の変化に伴う言語の変化が数多く出てきます。外来語の使用を禁じられている設定を活かし、漢字や言葉遊びを駆使した文体で綴られています。そうした点はかなりユーモアに溢れていますが、全体的に無力感を伴う静けさが底流しています。

 長めの短篇か短めの中篇といった長さなので読み切れますが、この文体ではこれ以上の長さは厳しいでしょう。読者がついていけない気がします。設定そのものはよいのですが、リアリティや整合性が弱いので、物語を追っていくような読み方をするのはなかなか厳しいところがあります。
 ディストピア小説という括りをされていますが、数多あるディストピア小説の中でも異色ではないでしょうか。
 というのもディストピア小説には、現実の状況を拡大したり、加速させたりしたらどうなるかをシミュレーションする側面が、少なからずあるからです。設定のリアリティや物語性を重視していない(ように思える)ディストピア小説というのは珍しい気がします。

 言葉と戯れながら、言葉の可能性を拡張していく試みをしているといえばいいのでしょうか。難しいことが書かれているわけではないと思うのですが、読み進めていくうちにいくぶん重たくなってきます。

 純度の高い文学性を味わう読書体験というと、簡単にまとめすぎでしょうか。

 ところで、こんな小説をよく英訳できたなあ、というのが正直な感想でした。ここまで漢字遊びが頻出するものを英語にどう置き換えたのか、見当もつきません。機会があれば、英訳版と照らし合わせてみたいです。

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