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政治の中の政治。医療・介護・障害福祉のトリプル改定を振り返って

2023年12月20日。厚生労働大臣と財務大臣の大臣折衝を経て、令和6年度診療報酬改定の改定率が決定しました。併せて介護報酬、障害福祉サービス報酬についても改定率が決まり、6年に1度の「トリプル改定」の大枠が決まりました。

政治の中の政治とも言われる報酬改定。大きな隔たりのある見解を、時間と手順を踏んで丁寧に擦り合わせていく過程には、政治のエッセンスが詰まっています。論理だけで相手を説得できるほど単純ではない。でも声が大きければいいというほど乱暴でもない。政治力の源泉は、論理かける運動量ではないか。そんな貴重な学びを得る経験となりました。

トリプル改定を巡って党の会議を包む圧倒的な熱量

6年に一度のトリプル改定

「今年はトリプル改定の年ですから。よろしくお願いします。」

9月に政務官に就任した直後に厚労省の担当者の方々から特出しで強調されたのが、今年の社会保障分野の報酬改定の重要性でした。武見大臣も並々ならぬ意気込みで臨まれた今回のトリプル改定。2年に一度見直される医療保険、そして3年に一度見直される介護保険と障害福祉サービス、これら3つの公定価格が6年に一度、一気に改定を迎えることを指します。今後の社会保障政策の大きな方向性を定め、厚労省が所管する数多くの職業団体に大きな影響を及ぼす重要な政治スケジュールです。

例えば、診療報酬改定では、医療機関が提供する医療サービスや医薬品等の公定価格が見直されます。診療報酬は、医師等の人件費や技術料といった医療サービスにあたる「診療報酬本体」と、医薬品や医療材料の価格にあたる「薬価等」に分かれており、公的医療保険制度の下、保険料や税、患者の自己負担によって賄われています。まず全体の「改定率」が、国の予算編成過程を通じて政治プロセスによって決められます。その後、改定率の枠内で、個々の医療行為等の公定価格が、中央社会保険医療協議会(中医協)という専門家の会議で年明け以降に議論され、最後は厚生労働大臣が年度内に決定することとなります。

診療報酬改定のプロセスの概要(厚生労働省作成)

「骨太の方針」に張られた改定率協議への伏線

改訂率を巡る水面下の攻防は、今年6月に閣議決定された「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2023について)」の表現を巡って、早くも始まっていました。

「次期診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定においては、物価高騰・賃金上昇、経営の状況、支え手が減少する中での人材確保の必要性、患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ、患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう、必要な対応を行う。その際、第5章2における「令和6年度予算編成に向けた考え方」※266を踏まえつつ、持続可 能な社会保障制度の構築に向けて、当面直面する地域包括ケアシステムの更なる推進のための医療・介護・障害サービスの連 携等の課題とともに、以上に掲げた医療・介護分野の課題について効果的・効率的に対応する観点から検討を行う。」 

経済財政運営と改革の基本方針2023

年末の報酬改定論議を見据えて、この段落の前半では物価高騰や賃金上昇など、報酬引き上げの必要性についてかなり具体的に書き込まれています。一方で、後段では「令和6年度予算編成に向けた考え方を踏まえつつ」という表現が記載されています。この意味については、若干わかりにくいので補足が必要です。

ポイントは見落としがちな脚注266です。ここでは「第5章2②で引用されている骨太方針2021においては、社会保障関係費について、基盤強化期間における方針、経済・物価動向等を踏まえ、その方針を継続することとされている。」とわざわざ明記されています。

実は、骨太の方針2021においては、2022年から2024年までの3年間は社会保障関係費の伸びは「高齢化による増加分」(「自然増」)に抑えることを目安とする方針が記載されています。

「2022年度から2024年度までの3年間について、これまでと同様の歳出改革努力を継続することとし、以下の目安に沿った予算編成を行う。
①社会保障関係費については、基盤強化期間においてその実質的な増加を高齢化による増加分に相当する伸びにおさめることを目指す方針とされていること、経済・物価動向等を踏まえ、その方針を継続する。」

経済財政運営と改革の基本方針2021

これが永田町・霞が関で「目安対応」と呼ばれる歳出コントロールのメカニズムです。これを「踏まえつつ」という意味は、今回の報酬改定でも社会保障費は基本的に自然増部分以外は増加させてはならないという厳しい財政規律が課せられていると読めるわけです。物価上昇などの改定押し上げ要素と、目安対応による財務規律をどう調和させるのか。この難しい政治課題の解決が、年末の厚労省と財務省の政治協議に委ねられる形となりました。


緊迫した年末の最終調整プロセス

11月20日に財務大臣の諮問機関「財政制度審議会」は、診療所の経常利益率が平均8%を超える高い水準になっていることなどを理由に、診療報酬本体をマイナス改定とすべきとの建議を発表しました。

財政当局の厳しい姿勢に対して、医師、看護師、栄養士、リハビリテーション専門職など多くの医療関係団体から、医療現場の窮状や物価高騰下での処遇改善の必要性についての声が噴出。厚生労働省からは11月27日に医療経済実態調査が発表され、一般病院の収益が悪化していることなどがデータで示されました。

令和5年医療実態経済調査のまとめ(厚生労働省作成)

この間、自民党の政調全体会議でも複数回にわたって報酬改定が主題として取り上げられました。毎回ひな壇が見えないほど多くの議員がそれぞれの立場や信条から挙手して発言を求め、まさに大きな政治エネルギーのぶつかり合い。党本部9階の大会議室が大声と熱気で包まれます。最初は激しいぶつかり合いの雰囲気だったのが、粘り強く議論を重ねる中で、少しずつ論点が整理され、冷静でバランスの取れた空気が醸成されていく様子に、まさに政治の醍醐味を感じました。(ちなみに政務官は政府の一員として原則として発言が許されないため、全体会議ではオブザーバーに徹することが求められます。)

細かな協議の詳細は割愛しますが、最終的に政府や与党の幹部の方々のご意見、大臣同士の折衝、そして総理の判断を経て、全体でマイナス0.12%、本体改定率はプラス0.88%に決着。賃上げ対応としてはプラス0.61%及び40歳未満の勤務意思党にかかるプラス0.28%程度、入院時の食費対応としてプラス0.06%が含まれる一方、適正化としてマイナス0.25%の業務効率化が必要とされました。また薬価についても「新薬創出加算」や「共連れルール」の見直し等が認められ、イノベーションを促進する仕組みを導入することができました。介護報酬と障害福祉サービスについても物価高騰時代における処遇改善の必要性を踏まえた内容となりました。それぞれの費目ごとの具体的な改定率については、今回の大枠に収まる形で年明け以降に専門家などの場で議論され決まっていきます。

地元の介護関係者の皆さまと報酬改定等に関し意見交換

令和6年トリプル改定を振り返って

結果については、立場によって色々な評価があるかと思います。ただ、「目安対応」の枠組みを維持しながら、多くの関係者の知恵と工夫と熱意により、メリハリをつけた改訂が実現できたことに今は安堵しています。審議会等で専門家としての知見を提供頂いた方々、全国の医療機関を回って詳細なデータを調査された方々、地元の国会議員を何度も訪ね現場の声を届けられた方々。多くの方の知恵とエネルギーが凝縮された数週間でした。

重要な政治文書の接続詞や脚注など、何気ない一文、些細な一句のもつ重要性を再確認した経験となりました。また、激しい政治駆け引きの渦中に身を置く中で、主張を裏付けるエビデンスの大切さと、主張を届ける行動力の重要性を学ばせて頂きました。

厳しい交渉過程でさまざまな現場の声を届けて頂いた皆さま、応援して頂いた多くの同僚議員の皆さま、複雑な交渉を冷静に粘り強くお支え頂いた厚労省の各担当局の皆さま、その他全ての関係者の皆さまに心から感謝申し上げます。この濃厚な政治経験を今後の様々な分野の政策活動に活かしてまいります。

本年も大変お世話になりました。来年も引き続きご指導のほど、よろしくお願いいたします。


令和6年度診療報酬改定の概要
令和6年度介護報酬改定の概要
令和6年度障害福祉サービス報酬改定の概要

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