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界のカケラ 〜107〜

 ゆっくりと目の前が真っ暗になっていく。目を開けているのかいないのか分からず、座っているかどうかも分からなくなっていた。

 カラン…… カラン……

 何かが落ちていくような少し高めの乾いた音が聞こえた。
 意識が遠くなっているのに、この音だけははっきりと確かに聞こえていた。

「あれ? この音ってまさか?
 生野さんが聞こえた音の表現に少し似ているような……」

 もしかしたらこれが「死」と呼ばれるものなのか? 冷静に今の状況を受け止めようとしている自分が理解できないでいた。

「…… ちゃん」

 誰かが呼ぶ声みたいのが聞こえた。

 きっとこれも幻聴みたいなものだろう。気のせいだ。

 それにしても今の状態は気持ちが良い。フワフワ飛んでいるような感じで、暖かい。目の前が真っ暗だから、もっと寒くて冷たいようなイメージをしていたけれど、そんなことはなかった。

 懐かしさも感じる暖かさにどんどん吸い込まれていくようだ。きっと肉まんやあんまんなどに包まれている餡はこんな感じなのだろうな……

「お姉ちゃん! しっかりして!」

 今度はしっかりと声として認識できる音に聞こえた。

「何? うるさいな……
 せっかく人が気持ちよくなっているのに」

 まるで寝起きのような不快感と苛立ちで声に応えた。

「お姉ちゃん、ゆいだよ!
 意識をちゃんと持って!
 じゃないと戻ってこれなくなっちゃうよ!」

「ん? ゆいちゃん? なんでここにいるの?」

「なんでじゃないよ!

 かおるちゃんが呼んだから表に出たんだよ。そうしたら座り込んでて、いくら呼びかけても反応ないから、もしかしてここじゃないかと思って来たんだよ」

「そっか…… ごめんね」

「いいよ。やっと見つかったし、意識もちゃんとしたから」

「ところで…… ここはどこなの?」

「ここは創造と破壊がされている場所だよ。

 お姉ちゃんがいる世界でわかりやすく言うと、死後の世界かな。と言ってもまだ死んでいるわけじゃないから、そうだな……

 彼岸と此岸って言った方がいいかな。
 現世を此岸、死後の世界を彼岸っていうんだけど理解できる?」

「うん。そのくらいは一般常識で知ってる。でも三途の川がその間にあるんでしょ?」

「人によってはそう見えるかもね。でも実際には、川は存在していなくて、さっき気持ちよくなっていたって言ってたでしょ?」

「うん」

「それが川の正体。吸い込まれていくような感じで複雑に流れを感じているのを、死にかけて生き返った人が川と思ってしまったんだと思うよ」

「そうなんだ……」

「でもね、お姉ちゃんは気持ち良いって言っていたけど、現世で悪いことをした人は苦痛で喚き出すんだよ。それでどんどん沈んでいっちゃうんだ。その時の顔が死体に出ちゃう」

「そういう人はどうなっちゃうの?」

「さっきここが創造と破壊って言ったけど、正しくは破壊は吸収されるっていうことなんだ。あ、でも創造するために吸収するパターンもあるよ」

「それってどういうこと?」

「吸収されて、もう一度創造される。それで同じことをするかしないかを選ばせる。それが魂の目的。でも魂の目的があっても、人間として生きていく中で自由にそれをやるかやらないかが選択できるものがあるよ」

「それはどんなとき?」

「それはかおるちゃんが考えてみて」

「そうだな……

 人に悪いことをするかしないか。ものを奪うとか、人を殺すとか」

「うん。そうだね。ほぼ正解。
 それってその魂の試練みたいなものなんだ。元々大きなものの一部として想像されたのが私たちのような存在で、その存在を証明したいがためにいろいろな役割をもたらせる。

 例えば、人を殺して魂をこちら側に強制的に戻らせる。でもその戻された魂がそれを了承していないことがある。それがいまも続く殺人と虐殺、戦争。特に恨みの連鎖の正体。同じことを繰り返して復讐をしていく。

 お姉ちゃんもなぜか嫌いな人とか、近づきたくない人がいるでしょ? それって一度大きなものに吸収されて創造されたときにその一部が付いてきてしまったからなんだよ。そしてそれはどんな魂も同じ。だから誰にでも好かれるわけでも、嫌われるわけでもないっていうのはここからきているんだよ」

「ゆいちゃんがそう言うならそうなんだよね……」

「うん、でも私はその経験が多いから言えるわけで、私でもまだ知らないことはたくさんあると思うの。その証拠にかおるちゃんと話しているのは初めてなんだ」

「え! そうなの? てっきり今までも普通にしているのだと思ったよ」

「子供の頃の本体に話すことはできたんだけど、大人になった本体にはできなかったっていうのが正確かな。他の人の魂を連れてきたりもできなかったし」

「急に出来るようになるのかな?」

「どうなんだろうね。かおるちゃんの役に立ちたいって思ったらできたから、やろうと思えば出来るんだと思う」

「ふーん。そういうもんなんだね」

「うん。でもいろいろなことを経験した魂じゃないと難しいかもね。私も記憶する限り、こんなに私の意識がはっきりしているのは初めてだと思う。だから一度吸収されて創造されたんだと思うよ」

「あれ? いま疑問に思ったんだけど、創造するために吸収された場合って記憶自体も吸収されて、記憶は新しくなるんじゃないの?」

「普通に考えればそうなんだけど、どうもそうじゃないみたいなんだよね。記憶の核みたいのはあるんじゃないかな? その辺はよくわかんない。そもそも吸収されて創造された記憶がないし、あるとき気づいたら現世に魂の状態でいて、母体に入って赤ちゃんの核に宿ったからさ。
 
 きっとこれは創造と破壊を繰り返しているものしか分からないと思う。その”もの”自体が意思を持っているかも分からないよ」

「宇宙とか未知のなんとかっていうものかもしれないね」

「魂でも分からないことなんて、生きている人間には永遠に分からないよ」

「うん、そうだよね」

 ゆいちゃんと話せることがこんなにも安心するとは思わなかった。ゆいちゃんは私の魂だからということもあるけれど、今の私がいることでゆいちゃんが出来ることが増えていることが、なぜだか嬉しかったからかもしれない。

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