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短編/雪合戦/水水水水氷水水水水

かっちーさんの御句からインスピレーションをいただき、
短編を書いてみました😄

                 水水水水氷水水水水



雪合戦/短編


のどかにみえる雪合戦にも掟がある。水の中に雪玉を入れてはいけない。水によって雪玉が融け表面が氷のように固まり、人にぶつけると野球ボールが当たったかのように衝撃が大きいからだ。

僕は大きめの雪玉をつくると靴紐を結びなおすふりをして運動場の隅に移動した。水溜まりに張った氷を割り、雪玉を水につけた。しばらくし氷が固まったのを確認する。急いで戻ると、向こう陣地の隅っこにいる澤木さん目がけて投げつけた。

ガッと鈍い音がし澤木さんが蹲った。左の頬を手で抑えている。澤木さん、大丈夫、と、普段仲良くないくせに女子どもが澤木さんを取り囲んだ。手を離した澤木さんの左頬に血が滲んでいるのがみえた。その途端、僕の全身に悪寒がはしった。

小学校5年の3学期、始業式。澤木祐子は奈良市から転入して来た。肩までのおかっぱの、切れ長の目をした綺麗な子。

「あの子さあ、すっごい生意気。消しゴム落としたから拾ってあげたら軽くコクッてするだけでありがとう無いねん。いつもお昼ひとりで食べてるから一緒にどうって誘ってんのに、ひとりがいいのでやって。せっかく気ぃ遣ってやってんのにさ」

あーあ、さっそく女子どもの餌食になっとる。
まあ、実際ツンケンしとるし、しゃあないか。

「あのさ、お母さんから聞いてんけどさ。澤木さんは両親が離婚したんで、お母さんの実家があるこの天川村に来たんやって」

…なんや。そうか。そうなんか。
やいやいブスども、澤木さんを苛めるなあっ。

僕、岡田広志は学級委員で、自分で言うのもなんだけど、まあ、クラスの中心的存在、ってやつだ。当然女子にもモテモテだ(追憶)。僕は休み時間中、本を読んでいる澤木さんに近づいた。

「あのさ、うちで澤木さんの歓迎会やるから来てくれへん? 今度の日曜日の12時から。あ、澤木さんの嫌いな女子は呼ばへんから」

僕の父親は村会議員でうちは豪邸。地元の名士ってやつだ。正直にいうと、うちに呼んで、澤木さんの気を惹きたい気持ちがあった。…えげつない奴って思うだろう?  子供時分のことだ、許してくれ。

ところが、だ。

「結構です。歓迎会って好きじゃないです。第一、なんで私の都合訊かずに勝手に日時決めるんですか」

僕の……誘いを……断りやがった……
澤木さんが気の毒だから喜んでもらおうと思ったのに……
この僕に恥をかかせやがって。
この女、許せない。

それから僕は澤木さんを無視し続けた。廊下でぐうぜん会っても思い切り顔を捻じ曲げてぷいっとした。転入してきたばかりの澤木さんにクラスの取り決めを教える役目を、副学級委員の長野に押し付けた。我ながらずいぶん酷かったと今は反省している。

2月の雪が積もった日のことだ。体育の時間、先生が言った。「雪合戦をやろう」みな喜び勇んで運動場へ出た。二手に分かれ陣地をとり、雪玉をつくって投げあった。澤木さんはというと、皆を真似てしばらく雪玉を投げていたが、面白くないのかすぐにやめ、陣地の端っこのほうで所在なさげに立っているのだった。彼女にはまだ友達はいないようだった。

それを見て僕はカッとした。皆がたのしそうにやってるのにその態度はなんだ。僕は固い雪玉を澤木さんに投げつけた。それも先生が用事で場を外している隙を狙ってやったのだ。水で凍らせた雪玉が危険なのはもちろん知っていた。雪玉が彼女の頬を切った。誰にもばれないように、巧妙に投げたはずだった。が、女子どもに抱えられ立ち上がった澤木さんの目が僕を捉えていた。

頬の赤い筋に、悔恨の気持ちが胃の底からせりあがった。だが、泣きもしない氷のような面構えに僕は謝る機会を失った。彼女もなぜか僕を責めはしなかった。僕は寒いからといって皆を残し、さっさと校舎に戻った。間もなく母親に仕事が見つかったとかで、澤木さんが奈良市に戻ることとなった。転校の日まで澤木さんの左頬にガーゼは付いたままだった。

女の子なのに。あんなに綺麗な子なのに。
一生傷が残ったままだったらどうしよう。

僕はなんて酷いことをしてしまったんだろう。謝りたいけれど彼女に拒絶されるのが怖くて、僕は毎日遠くからごめん、ごめんと心の中で言い続けていた。澤木さんの最後の日、僕は思い切って彼女の机に近づいた。

「あの…ごめん」
澤木さんが僕を見上げた。
「怪我させるつもりは無かったんや。傷が残ったらどうしようと…僕…」

澤木さんはしばらく無言でいたが、
「大丈夫や、気にせんといて。すぐ治るやろ」
平然としていた。その口元がかすかに綻んでいるのを僕は見逃さなかった。

彼女の笑顔をみたのはそれが初めてだった。


                ※※※


ひろくん、お客様に出すケーキ買ってくるわ。綾子を見ててくれる?」
「わかったー」

歯磨きの途中、洗面所から僕は返事する。

「なー、モンブランもう出てたら買ってきてー」
「あやこはもものけーきがいい~」
「はいはい、ふたりの分もちゃんと買ってくるねー」

妻が僕のプリウスで出て行った。
何かで揉めどうしようもなくなると、彼女はあの雪合戦のことを言う。

「固い雪玉ぶつけられて、頬っぺた切れたんや。5年くらい痕残ってて私の青春台無しにされたわ」

この切り札を出されると僕はぐうの音も出ない。
今日は、妻への誕生日プレゼントであるカムリの納車なのだ。


(終)


あのー、広志くんみたいな子、小学校に実際にいたんですよ。
町会議員の息子で、中学に上がるとヤンキーになってた(笑)

雪玉についての記載は雪合戦で勝てる! 雪玉の作り方から引用しました。


こちらの企画に参加しています。8月21日まで