見出し画像

適応障害で無職になったアラサーが海外へ行く、らしい。

今日、カナダへ旅立つ。最長で1年。
準備を始めるまでは不安やら楽しみやら、いろんな感情があったけれど、今は実感がない。本当にカナダへ行くのだろうか?飛行機のチケットもある。パスポートもある。どうやら本当に行くらしい。

1年分の荷物となると、旅支度は大イベント。
105リットルと65リットルのスーツケース、ボストンバッグ、リュック。この4つになんとか全てを収めた。後からサイズオーバーに気がついて、全ての荷物を入れ直したりしていたら、明け方までかかった。寝不足だけど、不思議と眠くない。やはり緊張しているのだろう。
いるものと、いらないもの。この仕分けが私には1番難しかった。
日頃から荷物が多くなりがちだ。あらゆるケースを考えて、薬やら絆創膏やらを常に持っておかないと不安なのだ。
去年の10月にオーストラリアへヨガ留学をした時にも、この「不安がり」が顔を出して、見事に激重スーツケースができあがった。帰国時はスーツケースの上に乗って、全体重をかけてぎゅうぎゅうにしまい込んだ。

今回は最長で1年。そうなると、不安も倍増。荷物も倍増。現地で買えるとわかっていても、日本で使い慣れたものでないと不安だ。

そんなこんなで色々と詰めていたらパンパンになった。規定の重量をオーバーしていることはないと思うけど、空港に着くまでドキドキである。カナダへ行くことよりも、無事に荷物を預けられるかの方が心配かもしれない。笑

抱えている物が増えれば増えるほど、心配も増える。荷物は少ないに越したことはないなぁ、なんて今回の荷造りで思った。そして、準備は想像の2倍は早めにやることが大事だと反省。ギリギリにならないとエンジンが掛からない気質は、今も昔も変わらない。

さて、これからのこと。
最初の2ヶ月は語学学校に行く、ということ以外何も決めていない。どんなところへ行き、何をして過ごすか。何も決めていないのだ。あまりにも無計画だけれど、流れに身を任せて、“わかめ”のように生きていこうと決めている。

これまでの人生、あまり自分の気持ちに正直に生きてこれていなかったと思う。頭で考えて考えて。自分がやることに理由をつけて、辻褄を合わせるように生きてきた。
そうやって感情を無視して生きてきたら(完全に無視していたわけではないけれど)、一体自分は何のために生かされているのか、わからなくなっていた。いつしか、挑戦したいことを「自分には無理だ」と、やる前から諦めるようになっていた。

退職してから1年半が経った。
適応障害と診断されたのは、約2年前か。
あの時は、自分が海外に行きたいことすら忘れていた。なぜなら、自分には無理だって諦めて、蓋をしていたから。
この2年、地獄のような日々もあった。地面がなくなって、暗闇の中をひたすら落ち続けていくような感覚で、生きるのを辞めようと何度も思った。
その度に、いろんな人たちや世の中にたくさんあるコンテンツに救われてきた。何もできなくても、生きていていいんだって思えるようになった。生きているだけで、えらい。
これから、たくさん大変なことがあると思う。辛いことも、悲しいことも。日本に帰りたい、ってたくさん思うんだろうな。でも、それでも私ならきっと大丈夫。生きていける。なんとかなるさ。
そんな根拠のない自信ができて、ありのままの自分でいられるようになっただけでも、病気になった甲斐があったな、と思う。

みなさんも、日々を生きて。大変な日もあるけど、美味しい物食べて、飲んで、たくさん寝て、泣いて笑って。一緒に生きていきましょう。

行ってきます。


よろしければサポートお願いいたします🌿いただいたサポートは、新しい学びの資金に使わせていただきます!