見出し画像

手放して得るお金では買えないもの

私がnoteを始めて一年が経ったそうです。自分の負の部分とロジカルに向き合ってみると決めてから一年…今こうやって振り返ることができて、noteをやってみて良かったなと感慨深く思っています。

専門学校を卒業し、好きな仲間たちと一緒にやりたかった仕事ができるようになりました。引き続き抗うつ剤を服用しているのでその助けもあるかもしれませんが、とにかく毎日好きなことに挑戦できることが楽しく、通勤やお弁当作り、合間に少しでも筋トレやヨガをしたり、子どもたちの教育に関する活動にも参加したりと、自然と規則正しい生活になり、人と会う機会も増え、一年前の病んだ自分が信じられないくらい前向きに生きられています。

もうどうしようもないくらい辛い、死ぬことしか考えられない、そういうギリギリまで来てしまった人にとって、カウンセリングや投薬治療がどれほどの助けになるかということを身をもって知りました。自分には人に助けてもらう価値がないとか、精神科にかかると悪いイメージがつくとか、できてしまった思い込みに囚われて起き上がることさえ苦しい日々を送っている方々が、手遅れになる前に、もっと簡単に助けを得られる社会になって欲しいと心から願いますし、自分も少しでもそのきっかけになって行けたらと思います。

自分のことを後回しにして人の役に立つこと自体は、私は何も悪いことではないと思っています。それが自分にとって自然で気持ちの良いことならば、疲れない程度にやって良いと思います。私自身、外国で生活して行く上で、目先のお金や公平性を無視して働いたことがたくさんありますが、それが今になって大切な人たちとの縁や好きな仕事として返って来ました。もちろんブラック企業のようなところではやるべきことではありませんが、正当性や不平を訴えるより、その場は堪えて信頼を得た方が良いこともあります。その時は目に見えた対価を得られなくても、後々お金には変えられない何かを得る日が来ます。

どんなに周りが、あなたは金銭的に損をしているんじゃないかとか、パートナーがいないなんて問題があるんじゃないかとか、不安を煽るような指摘をして来たとしても、あなた自身が日々を気持ち良く過ごして行けるなら、あなたの選択はあなたにとって最適なのだと思います。だから、周りの人の言うような今の自分ではない理想的な自分の像があるなら、そんなの捨てちゃいましょう。

私自身、正直に言うと、パートナーがいないことを気にし過ぎて、無理に社交の場に出て行ったり、インターネットで人に会おうとしたりして、本当にことごとく失敗しました。寂しさ、孤独や不安を出発点にして何かを探すと、同じような感情を引き寄せることになるのだなと痛いほど思い知ったので、もう金輪際「出会い系」というジャンルには手を出さないと思います。

その代わり、一生独りなら最後は出家しよう!という境地に達し(笑)、まあ半分冗談としても、どこかでどうにか最適のパートナーを得ないとという余計なタスクを手放したことで、ものすごく心身が軽くなりました。そうすると不思議と気の合う人たちとの出会いが増えたように感じます。それが別にパートナーに繋がらなくたって構わなくて、今はただそれを楽しんでいます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?