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読書記録 「うたかたの日々」

 感無量ですね。コランとクロエ。シックとアリーズ。「うたかたの日々」というこれ以上にない名前を与えられた素晴らしい作品でした。読み終わり、美しい作品と出会えたという、とても幸福な気持ちと共に、ボリス・ヴィアンの世界の儚さに情緒が乱れてしまいましたね。泣けるとか切ないとかは言いたくないですね。もっと荒廃した虚脱感というか。最後の場面のハツカネズミ。まさにあれ。まんまあれ。もはや死にたいもん。いや、死にたいとも少し違う。まんま最後のハツカネズミなんだよな。あの終わり方本当によいですね。猫の口の中に首を入れてその時を待つ。死にたいとは絶対に違うこの機微よ。やんなっちゃうぜ、って感じが一番近いんじゃない? 読後の感想はまんまあれ。

 あらすじですね。遺産だったかな、を食い潰しながら、音楽を楽しんだり、カクテルを作る機械を開発したり、親友で専属コックのニコラが作る創作料理を味わいながら、働かず、優雅に豊かに生きているお洒落な青年のコラン。彼はある日出会ったクロエという少女と恋に落ちて結婚するわけ。まあこの時点でまだまだ残っていると思われていた遺産が底を尽きそうになったりと陰りは見えていたわけだけども、コランは大して気にしない、ようにまあ一応見える。これまた親友のシックが彼女のアリーズと結婚できるように結構な額のお金を渡したりしてね。まあシックは結局貰った金を別のことに使ってしまうわけだけど。シックはパルトルというサルトルモチーフの作家の本や講演会の録音テープを病的なまでに収集しているわけで。まあ依存症ですね。終盤では末期症状が見られます。

 労働は人間を人間でなくさせるというのがコランの哲学なわけで。遺産が尽きかけようとコランは働く素ぶりを見せない。

 新婚のコランとクロエは幸せそうだったけれど、皆から祝福された幸福な日々はすぐに終わりを告げてしまう。
 クロエはある日、肺に睡蓮が咲くという奇病にかかってしまうんだ。この病気のせいで、クロエは一日に水を二匙しか飲めず、常に周りに大量の花を咲かせていないといけなくなってしまう。コランはクロエの為に有名な医者を呼んだり、大量の花を買い続ける。
 やがて遺産を使い果たしてしまい、コランは働かなければならなくなる。仕事を探す為にクロエのそばについてやることもできなくなり、二人の日々はどんどん淀んでいってしまう。

 親友のニコラはこれまで毎日のようにコランに創作料理を振舞っていたけれど、クロエが病気になって以来、新しい料理を作らなくなり、服装もどんどんみすぼらしくなってしまう。コランもそう。「うたかたの日々」は冒頭、コランのお洒落な容姿の描写から入るわけだけれど、もう、そんなことにかまけている余裕はなくなってしまうわけ。自分のようにどんどん疲弊してゆく親友のニコラを見かねたコランは、もう俺たちのそばに居ない方が良いってニコラを遠ざける。ここに居るとお前まで駄目になってしまうって。

 コランは最後まで働くことを拒んだ。身の回りのレコードやカクテルの機械を売ったりして、どうにか花を買う為の金を捻出してゆくけれど、やがてそれも限界を迎えてしまう。コランは仕事を見つけては断られたり首になったり、どうにか花を買う為の金を稼ぐ為に、クロエを家に一人残して汗水垂らして頑張るけれど、やがてクロエは力尽きてしまう。
 時を同じくしてシックとアリーズにも変化が起こる。シックはパルトルグッズを揃える為に税金も払わず金を注ぎ込んでゆき限界を迎える。これはいけないとアリーズは、元凶であるパルトルに、もう本を書かないでくれと頼むが断られ、パルトルを殺害する。そしてこれまでシックにパルトルグッズを売り続けた奴らの店を順に火をつけて回ってゆき、最後の店で倒れた柱に巻き込まれて燃えてしまう。シックはシックで、税金を徴収しにきた警官だったかな、に殺害されてしまう。破滅してゆくコランとクロエ、シックとアリーズを見ていることしかできないニコラの悲しさね。

 コランにはもう金がなかった。もはやクロエは世界におらず、クロエの為に盛大な葬式をあげてやることもできず、安い方法で葬式をあげるのだけれど、これがまあ見事に酷い。棺を窓から放り投げられたり、霊柩車の運転手は鼻歌を歌ったりとやりたい放題。やがてクロエの遺体はゴミでも捨てるかのように穴へと放り投げられ、残されたコランはクロエをずっと想い続けて終わる。

 この後ですね。ずっと二人を見ていたコランの家に住んでいたハツカネズミ。こいつはコランが家をあけている間、クロエの様子を見てあげたりしていたわけ。クロエが世界から消えた後、コランは水のほとりにまで行って、睡蓮が浮かんだらそれを殺そうとしたりして過ごしている。もうろくに何かを食べたりもしない。そんな彼を見ながらハツカネズミは耐えられなくなって、猫にある頼み事をするんだ。そしてハツカネズミは猫の口の中へ首を突っ込み、歯が首に降りて来るのを待ちながら物語は幕を引く。

 色々とあるけれど、やっぱり一番は表現だよね。このハツカネズミは当たり前のように人間と交流するし、部屋の大きさだってその時々によって変わったりする。比喩が現実に起きるみたいなね。本当に自由な小説です。素晴らしい。雲が降りてきて二人を包むような、ではなく、実際に雲が降りてきて二人を包んだりみたいなね。割れたガラスがひとりでに直ったりね。まあ肺に睡蓮が咲く病気って時点で察せるとは思うんだけど。

 あとは人間が良いですよね。コランやクロエは言わずもがな、パル中のシックとか、こう、破滅してゆく彼らを見ていることしかできないニコラとかね。リアルというか、ファンシーな世界観なんだけど、起きていることはかなり悲惨というかね。それでも読み終わった後に残る感情は悲しみだけではないという。まさに日々の泡。うん。「うたかたの日々」というのが本当によいタイトル。どっちを指してんだろうね。楽しかった日々の方かね。それとも病気になった後かね。まあ、どっちもか。幸福、絶望、儚さ。全て内包したタイトルですよね。「日々の泡」ってのも悪くない。うん。

 ということで、「日々の泡」もまた近いうちに読みますね。自分結構翻訳の読み比べとかする方なんですけど、この作品が今までで一番他の訳が気になりますね。一読なので、ちょいちょい記憶違いとかしているかもですし、しっかりと「日々の泡」を噛み締めてきます。では。

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