見出し画像

<兄の話:12杯目>失踪への序章

台風が去った後の月曜日。
兄の様子を見に行って来た。
水曜日の調子が嘘の様に、また両手を拘束されていた。
熱がぶり返したのか朦朧としており、わたしには見えない何かの話を、聞き取れない言葉で呟き続けていた。
担当医師が不在だった為、この日は詳しいことを何も聞かずに帰宅した。

タイトルの話に戻ります。

兄は教師になりたいと教育大への入学を目指してた。
残念ながら不合格となり浪人生として2年を過ごしたしたのだが、浪人中も予備校に通うと嘘をつき、予備校費をポッケナイナイ。
勉強しているのかしていないのか、よく分からない生活を送っていた。
そして2回目の入試も不合格となり、教師の夢を諦めて大阪の会社に就職し、家を出て行った。
が、その後2、3か月で家に舞い戻って来た。
数か月で辞めて帰って来たことに父は怒髪天かと思いきや、この時の会社がブラックだったことを理由にやんわりと次を探そうと言う話で終わった。
兎に角家を出ることに重きを置いて就職先を決めたのか、まず事業内容を聞いて”ないわ”と思う様な会社だった。
ブラックな会社の事業内容は浄水器の販売で、兄が仕事を覚える為にマニュアルを書き連ねたノートを見たことがあるのだが、よくある悪質な訪問販売の会社だった。
兄は泥の様に眠る毎日を暫く過ごした後、次の就職先にホテルを選んだ。
しかしこれもキツイと言ってすぐに辞めてしまい、そのまま家に戻らなくなった。
この辺りは時期等の詳細を余り覚えていない。
そこから幾日か、数か月かした後、両親が長年営んだ店を畳む決意をした。
店を畳むことは以前から考えていたらしく、兄がいなくなったことは関係なかったと記憶している。
父は食品会社の社員にジョブチェンジし、母も同じ会社でパートとして働くことになった。
両親が外に働きに出る様になって暫く経った後、これまで暮らした店舗兼自宅の買い手が見つかり、兄が戻るのを待たずにわたし達家族は少し離れた場所に借家を借り、引っ越した。

ちなみに、自営業でなくなった後も父は相変わらずだった。
40を過ぎて会社勤め、色々と思う様にいかず苛立っていたと思う。
幸いなことに、不動産を売却したことで銀行から借りていた事業資金等は返済が完了し、後は親戚から借りたお金を少しづつ返していく予定だった。
父の気まぐれな八つ当たりに辟易しながらも、わたしは進学しないんだしと、たまのアルバイトでお小遣いを稼ぎ、残り少ない学生生活を楽しもうとしていた。
どこかで元気にしているだろうと、兄のことも頭から離れていった頃、深夜突然母に起こされた。
何事かと自分の部屋から居間に向かうと、兄の姿があった。
また一緒に住むことになったからと母に言われ、強制的に6畳程ある自分の部屋を兄に譲り、隣の父の書斎に移動させられた。
兄が父の書斎に入ればいいのにとかなり不満だった。
父は1階の寝室で母と就寝しているが、家にいて趣味の時間を過ごす時は必ず書斎にいる。
ティーンエイジャーにとって耐えがたいことだった。
とは言え、父と最高に折り合いが悪い兄が書斎を共有すれば、それはそれで困る。
はっきりと文句は言えなかった。
家を出てから借家となった実家に戻ってくるまでの間、兄が何処で何をしていたのか、なぜ戻って来たのかを一度も聞いたことがない。
兎に角、戻ってきたのならちゃんと働いて、まともになって欲しいなとボンヤリ思っていた。

兄は実家に戻った後、仕事を探す前に自動車学校に通いだした。
が、1度目は入学金を懐に入れ実際には通っていなかった。
予備校といい、本当に最低だなと軽蔑した。
通っていない事に気付いていも、兄の報復が怖くて両親に言えないでいたが、なかなか免許が取れないことを不審に思った父が問い詰め、兄は通っていないことを白状した。
”もういいから働きに出ろ”、そんな流れになるのかと思いきや、父は親戚にお金を借りてまで兄を教習所に通わせた挙句、安い中古車まで買い与えたのだった。
働いて少しづつ返しなさいとでも言ったかどうかは不明だが、なんだかんだ長男には甘いんだなあと感じた。
普通免許と中古車をゲットした兄は、父の知人が営む自動車整備の会社で働くことになった。

春が来て、わたしは高校3年生になった。
この頃から兄が失踪する前兆がポツリ、ポツリと起こり始めていた。
しがない高校生のアルバイトで得たお金を度々無心する様になった。
何に使ってお金がないのか、説明してもらえないまま巻き上げられた。
わたしから巻き上げたお金は大した金額ではないので、次に母に無心した。
母は父に知られない様、へそくりから、生活費から捻出したり、実兄に借りたりと兄の要望に応えられるだけ応えようとしていた。
しかしそれでも足りなかったのか、兄は父のカードを無断で拝借し、キャッシングをしてしまった。
父のカードに手を出したことで大事になり、問い詰められた兄は友達の借金の保証人になったと言い出した。
友達が逃げてしまった為、自分が返済を迫られている。
この話が本当かどうか、未だにわたしは信じられないでいる。
これまでの兄を見て、お金のだらしなさは歴然としており、パチンコによく行っているのも知っているし、両親不在の中、消費者金融からの電話や訪問を目の当たりにしているからだ。
それ自分の借金やろ。。と今でも半信半疑思っている。
ともかくそんな状況だった。
そこからどうなったのか、きちんと話を聞いたわけでもなく、記憶も曖昧で覚えていない。
覚えているのは、保証人云々の話は結局解決しないままだったことだけ。
そのまま時間だけが過ぎ、また春が来た。
わたしは高校を卒業し、家を出て行った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?